-10話

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「こちら、あなたの所持品で間違いありませんか?」 「は、はい……そうです」  かっちりとしたスーツに身を包んだ刑事がそう言って、私の手元にスマホとスクールバッグを手渡す。  すぐその場で警察から事情聴取を受けて、詳しい話はまたのちほど伺いますと言い残し、手際よく店の中の証拠品を押収して警察の人たちはあっという間に去って行った。  あの様子だと、以前からこの店をマークしていたのは明らかだった、  閑散とした店の中、私たちはぐったりとソファに凭れ掛かっていた。  まさに抜け殻状態だった。 「めちゃくちゃ着信きてる……うわ、事務所とマネージャーからだ」  橘さんがスマホの画面を見ながら項垂れる。 「でも、ま、解決してよかったんじゃん! だいぶボロボロだけどさ……」 『うへぇ、修司と橘くんまじでボロボロじゃん』 「まさか店に置いてる花にカメラ仕組んでたとはね」  岸本さんに話しかけられて、私は頬にあてていた氷嚢をのける。 「手を貸してくれた人がいて……」  配達に使う車の中で駅前の花屋の店主である森川さんからことの真相を聴いたあの時、慌てて駆けつけた小田桐さんが後部座席に乗り込んでから三人で作戦を練った。  森川さんは例の会員制のラウンジから依頼されて数ヶ月に一度、店内に飾られている大きなアレンジメントフラワーの入れ替えをする為にこの場所を訪れていた。  時期が過ぎて変色し始めてしまった花を大きな花瓶ごと台車に乗せて回収し、新しく運んできた花を設置する作業だ。  彼女はその際に偶然、店の裏の顔を知ってしまい刺青の男に脅されていたそうだ。  私達が、あの店で行われている悪事を白日の下に晒したくて行動していると打ち明けると、森下さんは「私も協力する」と快く承諾してくれた。  ちょうど話をした翌週に花の入れ替えを行うタイミングがあり、彼女は超小型カメラを仕込んだ新作のアレンジメントフラワーをあのラウンジに設置するという大役を担ってくれたのだった。 「本当は何かしら撮れてたら使えるかもって程度だったんだけど、向こうからベラベラと全部話してくれたから」 「店側が隠してたデータと合わせれば、証拠としては十分すぎるぐらいでしょ」 「いや、そんな事より……いったい何者なんですか、岸本さんって」  私が話を振ると、集まっている面々が揃って苦笑いを浮かべながらこちらを見る。 「実は俺ね"警察の方達にお世話になったことがある"っていうのは事実で……」 「えっ⁈」 「ほら、こいつ元々パソコンにメチャクチャ詳しいじゃん」  松田さんが、ばしばしと無遠慮に岸本さんの肩を叩く。 「だから俺から話したことがあったの、俺たちのLIVE DVDに収録されてる映像とかを無断で載せてる海賊盤サイトを潰せないかって」 「……やったんですか」 「……うん、結果的にはそれが犯行グループの逮捕にまで繋がったんだけど……結構グレーな所にまで知らないうちに潜り込んじゃってたみたいで」  岸本さんが頬に苦い笑みを浮かべながらそう言うと、その横で体を揺らして笑いながら松田さんが言う。 「ハッカーがここにいる‼︎って、まさかの警察が自宅まで乗り込んで来たんだよな。焦ったよなぁ、あのときは」 「事務所の人が飛んで来てくれて、厳重注意にとどまったんだけどね」 『あのとき、社長に全員呼び出されて"連帯責任だ"って延々と4時間くらい説教されたんだよね』 「アイドルがやるようなことじゃない……」  頭を抱える私を見て、傍で浮かんでいる優斗くんがけらけらと笑う。 「そういえばさ、ここ来るまでに凄かったんだよ」  ぱんっと手を鳴らして話し始めた松田さんに小田桐さんが尋ねる。 「なにが?」 「俺と橘、今朝は朝の情報番組にゲスト出演しててさ。さあ、帰ろうかってところに修司から連絡が来て、もう超特急って勢いで車飛ばしてここまで来たんだけど」 「たしかに、俺もビビった」  橘さんが松田さんの横で相槌をうつ。 「ここ来るまでの信号が全部青だったの!全部だよ、凄くない?」 「なんかエレベーターも凄い勢いで昇り出してさ」 「そうなの、タワー・オブ・テラー並みの速さだった。マジであれ、何だったの?」 『俺のありったけの能力を駆使したからねっ』 「俺も全く同じだったんだけど、こわっ……」  岸本さんが自分の身体を抱き締めるような仕草をすると、優斗くんがふざけてオバケっぽいポーズをきめてみせる。 「終わったんだな……」  革張りのソファの上に寝そべっている小田桐さんが、ぽつりと呟いた。 「そうだね」  小田桐さんの横顔を見つめながら、岸本さんもそう呟く。 「これで、優斗がすこしでも救われればいいけどな」 「うん」  少し間があって、それぞれが優斗くんのことを思い浮かべているのが見てとれた。 『幸せ者だよ、俺は』  優斗くんが屈託ない笑顔を浮かべて言う。 「もし、優斗くんがここにいたら……きっとこう言うと思います」  私が優斗くんの言葉をそのまま伝えると、みんな顔を見合わせて小さく笑った。
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