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「安西さん、なんか……カッコよかったですね」
「そうだな」
会見での安西さんの受け応えは堂々たるものだった。
集まった記者達に真摯に向き合う姿勢を見せ、意地の悪い質問にも逃げずに対応をしていて、その姿はまさに『プロ』そのものだった。
「なあ……そっちこそ、大丈夫なのか」
運転席に乗り込んだ小田桐さんが私に向かって言った。
「え、何がですか?」
「いや、その、今日色々あっただろ」
「ああ」
北川に脅され、刺青の男に組み敷かれたときは確かに怖かった。
けれど、小田桐さんが来てくれてからは"何としてでも、このひとを助けないと"という考えで頭が一杯になった。
あまりに必死になっていたので、それまでの恐怖心も吹き飛んでしまったようだ。
「ごめんな」
「どうして、謝るんですか」
「守るって言ったのに、怖い目にあわせた」
「……怖かったです、小田桐さんがこのまま死んじゃうんじゃないかって」
私は小田桐さんを真っ直ぐに見た。
「でも、こうして今お互いここに居るじゃないですか。だからもういいんです」
『……俺もいるよっ!』
「ほら、優斗くんもそこに居るし」
「あいつは見えなくてもうるさいな」
『ちょっと、ひどくない⁈』
「そういえば、どうしてあの場所に辿り着けたんですか?」
小田桐さんは肩越しにちらりと優斗くんが居る後部座席を見る。
「雑誌の撮影してたら突然、スタジオの照明が激しく点滅し始めてさ。優斗だって、すぐわかった」
「そうなんですね……優斗くんもありがとう、助けてくれて」
『俺も約束したじゃん。なっちゃんのこと、守るって』
優斗くんは愛嬌のある微笑を口元に湛えて笑ってみせた。
「今日は優斗くんが助手席に座りなよ」
『えっ、別にいいよ。なっちゃんが座ってなよ』
「いいから、いいから」
きょとんとした表情の小田桐さんを残して、私は助手席から降りると、後部座席のドアを開けて再び車内へと乗り込む。
戸惑いがちだった優斗くんがゆらりと助手席の方へと移動した。
「今、隣に乗ってますよ」
『俺様を助手席に乗せられて光栄におもいたまえ』
ふんぞり返るポーズをとって悪戯っぽく笑う優斗くんを見て、私がその様子を伝えようとするより先に、小田桐さんが静かな口調で告げた。
「お前がいなくなって寂しいよ」
助手席に身を乗り出して、小田桐さんはぎゅっとそこにいる優斗くんを抱き締めるような仕草をした。
「でも、もう一生分思い出し笑いができそうなくらい思い出を残してくれたから……俺はこの先も、生きていけるよ」
優斗くんはそっと目を閉じて、小田桐さんの肩口に顔を埋めるようにしていた。
「……泣いてる?」
『そんな程度では泣かないよっ』
小田桐さんのからかうような口調に、優斗くんがおどけたような声音で返事をする。
『でも、俺も同じ気持ちだよ。修司のこと、ずっと忘れないから』
「……ねぇ、私もいるよっ!」
「どうした、急に」
『なんか修司の取り合いみたいになってるの癪だから、もう辞めにしよう』
「え、やっ、私は別にそういう……」
『本当に俺がこの席でいいの?』
「……うん、いいよ」
私が返事をすると、小田桐さんは車のキーを回した。
優斗くんが、練習生だった頃の思い出やデビューが決まった日のこと……色々と嬉しそうに思い出を語り始める。
その都度まるで通訳のように優斗くんの言葉を拾って小田桐さんに伝えると、小田桐さんも嬉しそうに「あの時はこうだった」とか「ほかにもこんな事があった」と答えてくれる。
並んで楽しそうに話す二人を眺めながら、私は夜道を走るこの時間がずっと続けばいいのにと願っていた。
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