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「あら、いらっしゃい」
オドオドしながらお店に足を踏み入れると、作業台で花束を作っていた森川さんがこちらに気付いてくれて、にっこりと微笑んだ。
「その節は……本当にお世話になりました」
「何言ってるの。むしろ貴方には感謝してるのよ」
「……感謝?」
「立ち向かうきっかけをくれたから」
彼女はそう言うと、きわめて気の晴れた顔つきでこちらを見た。
「あの、実は私も花を手向けに行こうと思って……それでお花を買いに」
「そうだったのね。綺麗にアレンジするから、好きなの選んで」
私は色とりどりの美しい花で溢れかえる店内をぐるりと見回した。
『生きている間はお花なんて貰ったことなかったなぁ』
「…………」
『あ、ねぇ、どれにするか俺が選ぼうか?』
なんだか浮かれた様子で私の周りをうろつく優斗くんに、こっそりと人差し指を差し出す。
「どれにするか、もう決めてあるんです」
私は背筋を伸ばしてそう告げると、足元にある色鮮やかなオレンジ色のバラを指差した。
「花言葉は絆、ですよね」
「ええ、その通り」
森川さんは微笑みながら、私が指差した束から数本バラを抜き取った。
綺麗にアレンジすると言っていた言葉の通り、彼女は慣れた手つきで数種類の花を加えて花束を作っていく。
「ちょうど昨日、小田桐さんもうちの店に寄ってくれて。同じように優斗君に贈る花を買って行ったのよ」
『修司が俺に花を?』
「どの花、選んで行ったんですか」
「急いでいたみたいで"花の良し悪しとか、どうせあいつには分かんないだろうから"って即決で」
思い出し笑いを浮かべながら、森川さんは入り口のすぐ脇に飾られていた赤くて小さな可愛らしい花を指差した。
「"このガーベラみたいなやつで"って言われたんだけど、これガーベラじゃないのよ」
『うわっ、恥ずかしっ!』
顔を逸らしてこっそり吹き出した私の横で、優斗くんが肩を揺らしながら笑い出す。
『しかも絶対、俺のイメージカラーだからって理由で適当に選んでんじゃん』
「ほんと適当だなぁ」
『大丈夫かな、変な花言葉付いてたりしない?』
涙目になりながら優斗くんがそう言った後に、花束を作る手を止めて不意に森川さんが呟いた。
「本当に気が合う二人なのね、きっと」
「どうしてですか?」
「その花はね、乾燥させても綺麗な色を保てるからドライフラワーに向いてる花なの」
頷くようにさわさわと揺れる花を見下ろしながら、私は「そうなんですか」と答えた。
「それが由来となって、花言葉は"終わりのない友情"なのよ」
冷やかしてやろうと隣を盗み見ると、やはり気恥ずかしくなったのか優斗くんが露骨に視線を逸らした。
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