-12話

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『おっ、なっちゃんも着いたんだね!』  廊下の奥からふわふわと近付いてきた優斗くんが声を掛けてくるので、小さく手を挙げて応える。  『ちょっと先に行って、みんなと過ごしてる』と言っていたので、現地集合の約束をしていたのだ。 「岸本はいま控え室にいるから、来るだろ」 「すみません、本番前の忙しい時に」 「なに水くさいこと言ってんの」  橘さんの返答に安堵の微笑をもらすと、彼もこちらへ微笑み掛けてくれた。  未だに戸惑っている希の肩を背後から押して通路を歩き出す。 「夏美ちゃん、来てくれたんだね」  控室のドアを開けると、持っていたスマホから視線を外してこちらと目を合わせた岸本さんがそう言う。 「えっ、なんで笑うの」 「いえ、その……衣装が」 「デビュー曲のときの衣装だけど……?」  ぽかんとした顔で自分が着ている服を見下ろして、岸本さんが首を傾げて見せる。  小田桐さんが私の肩にぽんと手を置いた。 「今日の1曲目とラストの曲は、この衣装でやりたいって俺から頼んだんだ」 「そうなんですね」 『お揃い‼︎』  並んで立つ橘さんと松田さんの間に割り込んで、優斗くんが私に向かって得意げに言う。 「良かったね、これで1人だけ浮いた格好じゃなくなった」 「なんのこと?」 「いえ、ナイショの話です」  不思議そうな顔をする岸本さんに肩をすくめておどけて見せると、松田さんが「なになに?なんの話」とキョロキョロする。 「……これで、全員だな」  小田桐さんがこちらを見て言うので、私は頷いた。  右隣を見ると優斗くんが嬉しさに揺れるような微笑みを浮かべて大きく頷く。  きっと、これが私がみる最後の優斗くんの姿になるんだろう。  寂しいという気持ちが湧かないくらい、幸せそうな笑顔だった。 「今まで黙っていてごめんね」  私は静かに左隣にいる希の手を握った。 「私、みえるんだ。優斗くんが」  希の目が、大きく見開かれる。  私はぎゅっと繋ぐ手に力をこめた。 「親戚って言ったけど、本当は違うんです……ごめんなさい」 「…………」 「メンバーに自分は自殺じゃなかったって、それを伝えたくて優斗くん、私のところに来たんです」  隣を振り返ると、優斗くんの姿はもう、そこには見当たらなかった。 「家族みたいだったって……嬉しい時も辛い時もここにいて、大切に想ってたって。そう言ってました」  真正面に立つ松田さんの大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。  岸本さんがすっと腕を伸ばし松田さんの肩を抱き寄せ、橘さんは俯いて両手で顔を覆う。 「ここにいるって今、伝えたからもう私には優斗くんの姿は見えないけど……」  ぐっと喉がつかえて、声がかすれてしまう。 それでも言葉を紡がなければと思い、話し続けた。 「……ついさっき、この瞬間まで、ここに居たんです」  堪えきれなくて、堰を切ったように私は泣き出した。  希が繋いでいた手を堅く繋ぎ直して、もう片方の手を背中に回す。  暖かな手に背をさすられながら、私は嗚咽を漏らして泣きじゃくった。  踏み出してきた小田桐さんが私の肩にそっと腕を回すと、飛び込む勢いで走り寄った松田さんが、両腕をめいっぱい広げて抱き付いてくる。  結んだままの唇にかすかな笑みを浮かべて岸本さんが松田さんに続くと、最後に橘さんが全員をまとめてギュギュっと抱き締めてくるから、みんなで泣きながら笑った。
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