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-最終話
「本番前にこんなに泣いて、目ぇ腫れちゃうじゃんかぁ」
「ひでぇ、顔」
「うるさいなぁ」
松田さんと橘さんのやり取りに笑っていると、隣に小田桐さんが座る。
「落ち着いたか」
「もう大丈夫です、すみませんでした……私が泣くのはなんか違うなって思ってたのに、堪えきれなくて」
「違わないよ」
「えっ」
「感謝してる、これまでのこと。優斗だって同じ気持ちだったと思う」
最後に見たあの笑顔を、今ならまだ鮮明に思い出せる。
この先もずっと憶えていられたら、どんなにいいだろう。
「よし、円陣組むぞ‼︎」
「気合い入れんぞっ」
「ほら、夏美ちゃんと希ちゃんも入ってよ」
岸本さんに呼び掛けられて、ソファから腰を上げると輪の中に加わった。
次々に掌を重ねていき、天辺に小田桐さんが手を乗せたとき、ふと彼の目が驚いたように見開かれた。
ぐっと力が加わって、掌が沈む感触を覚える。
「行くぞーーーっ‼︎」
力強い呼び声に、それぞれが応える。
視線の先で小田桐さんは、晴れ晴れとした笑みを口角に漂わせた。
公園のブランコの前で感じた掌の感覚を、ふと思い出す。
きっと、彼にもあの瞬間が訪れたのだろう。
もうなにも見えない宙に向かって「よかったね」と小さく呟いた。
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