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エレベーターの前で、私と希を囲むように並んだ面々が口々に別れの言葉を掛ける。
「そうは言っても、この後またすぐライブで会うんですけどね」
「いや、そうだった」
とぼけた反応をする松田さんに声を上げて笑う。
私は正面に立っていた小田桐さんの方へと向き直った。
「客席から観てます」
彼は微笑んだまま黙って頷いた。
ライブが終われば、またそれぞれの日常へと戻っていくんだろう。
私と彼の行く道が再び交わることは、もしかしたらこの先、二度とないかもしれない。
「またな」
小田桐さんは静かに、私の方へと手を差し出した。
ぎゅっとその手を握って、握手を交わす。
優斗くんとお揃いで買ったというあの指輪の感触が指に伝わる。
「いつかきっと、また」
自分に言い聞かせるように言って、私は手を解いた。
エレベーターに希と一緒に乗り込むと、みんなが「またね」「会場でな」と言う。
瞳の奥にいつまでも焼き付けておきたくて、私は瞬きも忘れ、エレベーターの扉が完全に閉まるまで小田桐さんを見詰めてた。
「……よかったの?」
おずおずと希に言われて、私は首を縦に振る。
「忘れなければ、きっと……ずっと一緒にいるのと同じだよ」
閉じ切ったエレベーターの扉にそっと手をあててみる。
優斗くんのあのミントカラーの髪も、人懐っこい笑顔も、もう二度と見ることは叶わない。
今になってそれが寂しく思えるけど、その寂しさに優るものを彼等からたくさん貰った。
何もかも忘れないと、この胸に誓った。
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