共喰い針

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「釣りってさ、この待ち時間が暇だよね」  あくび混じりにボヤく僕に、 「それがええんやないか。何も考えずにのんびりと景色を眺める、これぞ最高の贅沢や」  高校のクラスメイトで幼馴染である小出弘明こと、こいさんは分かったような顔をした。 「かっこつけやがって、こいさんだって釣りは今日が初めてだって言ってたじゃん」  口を尖らす僕を無視し、こいさんは穏やかな声を出す。 「こうやって、夜風に吹かれて綺麗な満月を見てるだけでも風情が……お、掛かったな」  こいさんは話を中断すると、堤防の縁に寄り、暗い海面を覗き込んだ。 「なかなかの大物やでぇ、これは」  鼻息を荒くするこいさんを、横目で見る。 「良いよなぁ、こいさんは。そりゃ、そんだけ釣れたら心にも余裕があるだろうさ」  リールを巻くこいさんの足元では、バケツに入れられた大量の魚達が泳いでいた。 「よっしゃ! 釣れたで!」  こいさんは仕留めた獲物を両手で掲げる。 「どや? 結構大っきいやろ!」  見せつけられて、僕は顔をしかめた。  こいさんは目を丸くする。 「何や、ぺい、そんなしかめっ面して」  ぺいは僕のあだ名だった。田村純平の「平」のとこだけを省略して呼ばれていた。 「水差すようで悪いんだけどさ、その釣れた魚はどうすんの? 全部持って帰んの?」  こいさんは自分の周りに目を落としたあと、乾いた笑い声を上げる。 「ヤバ、どないしよ? ぺい、いる?」 「こんなにたくさんいらねぇよ……ちょっとは、後先考えろよ、バカ」  思わず毒づいた僕に、こいさんは指を鳴らした。 「ははん、さてはぺい。あまりに釣れへんからって拗ねてるやろ?」  図星だった。返事をせず黙り込む反応を、何よりの答えと受け取ったこいさんは、僕の肩に手を回してきた。 「なんや、そやったんか! そら、気ぃ悪ぅさせてしもて悪かったわ。お詫びにと言っては何やねんけど……」  こいさんは前置きをしながらズボンのポケットを探ると、 「これ、お前にも使わせたるわ」  指でつまんだものを、僕の鼻先にちらつかせた。    
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