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「これは?」
S字状に曲がりくねる奇妙な釣り針だった。まだら模様に錆が浮き出ていて、二つに分かれた針先は、大きく開かれた蛇の口を連想させた。
「共喰い針や」
こいさんは続ける。
「この共喰い針を使うとな、不思議なことに針に刺した餌と同じ獲物が掛かるんや。そう、まるでほんまに共喰いするみたいに」
目を瞬かせていると、こいさんは笑った。
「意味わからんよな? まぁ、実際に見た方が早いわ。ちょっとお前の竿借りるで」
釣り竿を手に取り、糸先に共喰い針を結びつけようとするこいさんに、僕は訊ねた。
「そんな気色悪い針、どこで買ったんだよ」
滑らかに作業を進めながら、こいさんは答えた。
「貰ってん」
「誰に?」
「昨日の今頃、ここで夜釣りしてた人に」
こいさんの言葉に「えっ」と声が洩れる。
「昨日も釣りしてたんかよ。何だよそれ、お前さっき今日が初めての釣りだって」
「あれ、俺そんなん言うてた?」
僕は頭を掻いた。こいつ、こんないい加減なやつだったけ。と、内心あきれた。
「まぁ、別に良いけど。ところでその針をくれたって人は、どんな人だったの?」
「いやいや、どんな人も何も」
こいさんは一呼吸置くと、答えた。
「俺やけど」
こいさんの一言に、一瞬、空気がピンと張り詰めたような気がした。ワンテンポ遅れて僕は訊き返す。
「よく意味が分からないだけど、それって、一体どういう――」
「仕掛けできたで! まぁ、一回これで試してみぃや」
話を遮るように、こいさんは釣り竿を僕に押しつけてきた。
「わ、分かった」
戸惑いながらも共喰い針に刺したサバの切り身を海に落とす。僕は身を乗り出すと、常夜灯がオレンジ色に染める夜の海を覗き込んだ。
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