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彼は目を覚ました。全身が汗でびっしょり濡れていた。天井の蛍光灯を少し眺め、それから夢を見ていたことに気づいた。着替えもせずベッドに倒れ込んだことを思い出した。
「なんだ・・・夢か・・・・」
彼はホッと安堵の息を吐いた。それから水を飲もうと思ったが、横に誰かが立っていることに気づいた。
「目が覚めたか?」
そこには男の老人が立っていた。老人は頭が禿ていて、白い髭がもじゃもじゃで、紬を着ていた。背後には後光のようなものが光っている。
「うちには金目のものはないぞ!」彼は声を震わせて叫んだ。この老人を、強盗だと勘違いしたのだ。
「ほっほっほっ」と老人は笑い、それから「あっひゃっひゃっ」と笑った。彼の小心者ぶりが、よほど面白かったと見える。それから柔和な声をつくり、「助けに来たのだ」と言った。
「助けに来た・・・?」彼はしばらく思案し、それから叫んだ。「もしかしてあなたは、海を割るモーゼ様ですか?」
「儂の顔に見覚えはないか? よーく見てみなさい」
そう言うと老人は自分の顔を指さした。彼は、まじまじと見つめた。どこかで見覚えあるよな・・・と考えてから、ついに気づいた。
「あ、おじいちゃんだ!」
そう、そこに立っている老人は彼の祖父だったのだ。彼は、祖父を写真でしか見たことがない。とうの昔に亡くなっていたのだ。「チベットに修業に行ってくる」と言ったまま消息を絶った祖父は、一族の中でも伝説的な存在であった。
「ほっほっほっ」と祖父は笑った。
「どうしてここに・・・?」彼は初めて見る祖父に問いかけた。
「おまえがあまりにもモテないから、助けに来たのだ」
不甲斐ない孫を助けてやろうと、祖父は天上の世界から降りてきたのだ。さっきの悪夢から救ってやったのも、この祖父の力だった。誠に深い慈悲心であった。しかし彼はそんな祖父の気も知らず、有頂天になっていた。
「やったあ! おじいちゃん、ありがとう! それじゃあさっそく、美人で優しくてスタイルの良い奥さんを一丁こしらえてください。顔は北川景子似がいいです。身長は僕より少し低いぐらいがいいです。で、モデルか何かをやってた子がいいなあ。でも世間離れはしてなくて、手料理が上手でしっかりと家事をこなせる子ね。やっぱりこのご時世、共働きしないと将来が不安だから、パートぐらいはやってもらった方がいいよね。もしパート先にイケメンの若い男なんかがいても、そんなの見向きもしないでずっと僕だけを見てくれるような・・・」
「この馬鹿もんがあ!!」
老人が怒鳴った。それは雲を集めるゼウスの如き怒声であった。彼は股間が縮み上がり、寿命が少し縮んだ。身を屈めて、ブルブルと震え出した。
「甘えるなこの童貞が! そんなんだから、おまえはいつまで経っても童貞なんだ!」
彼はしくしくと泣き始めた。初めて会った祖父に面罵されたこと、しかも彼が一番傷つくNGワード「童貞」を2回も言われたことに、深く傷ついた。
一方の祖父は、呆れていた。目の前にいる孫、身を屈めて両手を合わせ、「なむあみだぶ、なむあみだぶ」と唱えている孫を見ながら、呆れ返っていた。しかし、この孫には頑張ってもらわないといけない。もしこの孫が子孫を残せなければ、一族は絶えてしまうことになる。この孫を助けるのは、先祖代々一族の意思であった。
「明日の夜、銀座のバーに行け」
「バー?」彼は顔を上げた。
「銀座の某所に『苺畑で会いましょう』というバーがある。そこに行って、伝説の合コンマスターと接触するのだ」
「合コンマスター?」
「そうだ。合コンマスターが、おまえを導いてくれる。彼の助言に従うのだ」
「その店は銀座のどこにあるのですか? どうやって合コンマスターを見つければよいのですか?」
「案ずることはない。日が暮れる頃、おまえは銀座に行くだけでよい。後はすべて、成るように成る。しっかり耳の穴をかっぽじって助言を聞くのだ。いいな?」
「はあ・・・」彼は気の抜けた返事をした。
一通り話し終えると、祖父は帰っていった。眩い光に包まれて消えるわけでもなく、普通に玄関から帰っていった。祖父がいなくなった後、彼は考えた。合コンマスターとは、一体何者なのだろうか? しかし彼は、その異名から期待しないものがないわけでもなかった。彼は少しウキウキしながら、ベッドに潜った。悪夢を見たばかりだというのに、彼はすやすやと眠りについた。
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