キョウチクトウ

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キョウチクトウ

 そのキョウチクトウは、私の身長より高かった。もとは鉢植えだったようだが、植木鉢程度に、そのキョウチクトウの生命力は、収まり切れなかったようだ。ひび割れた大きな植木鉢を突き抜けて、大地に太く根をはっている。 「キョウチクトウさん、初めまして……ではないな……話しかけるのは、初めてだけど……  チョウセンアサガオさんが、毒については、キョウチクトウさんが、詳しいと言うのを聞いてやってきました。お話を伺って、配信させていただいてもいいですか?」 「あら、また来たのかい。去年、あたしから、種を取っていったね」  キョウチクトウが切符のいいお姉さんみたいな口調で答えた。 「ありがとうございます。その当時はお名前を知らなかったけど、凄く綺麗な、お花だなあと思っておりました。キョウチクトウさんが、綿毛の種をつけているのを初めて見て、びっくりしたんです。それで育ててみようって思って、植木鉢に入れています。芽生えましたよ」 「おやおや。それは嬉しいねえ。でも、花が咲くまでは、十年近くかかるよ。せいぜい頑張りな!」 「え、そんなにかかるんですか?」 「普通、人間たちは、あたしたちを挿し木で増やすねえ」 「まあいいや。植物の種撒くなんて、小学生のアサガオ以来で、ちょっと楽しい気持ちがしています」 「何か、あたしに聞きにきたんじゃなかったのかい? イチョウやスギナの所にも行ったんだってねえ。あの能天気な馬鹿は『俺は最強!』って、相変わらず連呼してたかい?」  私は笑いながら答えた。 「植物界隈では、すぐ噂が広まるんですね。イチョウさんが、深いんだけど、凄く苦しい話をして、ちょっと、精神的にしんどくなってたんです。そんなときに、スギナさんが、凄く明るいテンションで話しかけてきてくれて。スギナさんも、凄いですね。びっくりしました」 「まあ、奴も、あんな状況から、すぐ復活するほどだから、最強といえば、最強かもしれないね」 「それじゃ、キョウチクトウさんの事をお聞きしてもいいですか?」 「いいよー! どんと来ーい!」 「キョウチクトウさんは、強力な毒をお持ちなんですか?」 「昔、失礼な奴がいてさ。あたしたちの枝で串焼きを作ったんだよ。あたしたちの毒が食べ物に移って、そいつは、死んだ。あたしたちの葉が、家畜の餌に紛れ込んでいて、たくさんの牛が死んだこともあったね。 「それって、無茶苦茶、強い毒じゃないですか。そんな植物なんで敢えて、たくさん植えるんだろう」 「おや? それはないだろう! 病害虫に強くて大気汚染にも、塩気にも、火事にも強い。し・か・も! 抜群に美しいから、あんたたちは、高速道路とか、建物の植え込みとか、たくさんの場所に植えてるんじゃないか」 「大変失礼いたしました」  私は謝った。 「確かに……あたしたち毒があるんだけどさ。誤解が多くてさあ……」 「誤解?」 「あたしたちの毒は……食ったらヤバイ、口にしたら危険っていう話なんだよね。剪定した時の樹液も確かに毒なんだけどさあ。目とかに入らなければ、肌についたって敏感な奴が少々かぶれるくらいさ。  土も汚染されるって書いている奴いるけどさ。  ああいうのって、実験室の中で極端な濃度にして、確かめるから、自然界での作用と、必ずしも一致しないんだよね。  植木屋は、あたしと一緒に、何かを植えるとヤバイなんて、そんなに気をつけてやしないよ? その程度なのさ」 「毒って、インパクトありますもんね……」 「イメージが先行しちゃってさあ! 『とにかく毒だから、早く伐採しろ!』って、言う奴がいて、ヘンテコな、ご近所トラブルになることがあるんだよ。  そもそも、毒っていうものについて、みんなわかってない!  人を確実に殺傷できるような毒物にするには、大概、人為的に加工したり、精製する技術がいる。えらい手間暇がかかるもんなんだよ。  それに、そんなに危険極まりないものだったら、植木屋で売らないし、毒キノコみたいに、専門家が、注意喚起しまくるよ!   きちんと、勉強してほしいもんだね……あんた、配信やってるんだったら、ちゃんと、人間どもに、伝えてくんない?」  キョウチクトウはマシンガンのようにまくしたててきた。 「ほんとに、自分も含めて無理解な人が、多くてすみません。弱小配信者ですけど、一生懸命、伝えます」 「スギナの奴の自分だけ、最強って言ったのかもしれないけどさ。あの酷い状況の中で、いち早く復活したのは、スギナの奴だけじゃない。 あたしたちも、何十年も何も住めないだろうって言われた、あの広島の惨状の中で、一番早く花を咲かせたんだけどな。 それにしても、イチョウやチョウセンアサガオじゃないけどさ。あんな方法で町を焼き尽くすなんて、人間ってホントに……ホントに馬鹿だよ……あたしの仲間が、ヒロシマの町で最初に、赤い花を咲かせたのを見て、被爆した人が、原爆で亡くなった人たちの血の色を思い出すって言ってた……そんなこと聞いたら……あんたたち流に言うと……涙が出そうな気持になるよ! 「人間として、凄く耳が痛いです……でも、キョウチクトウさんって、本当に強くて……賢くて……憧れます」 「なんだい! そんなに、おだてても何も出やしないよ!」 「いやいや、個人的な話で申し訳ないんですけど……自分はめんどくさい病気してて、ようやく、こんなふうに、取材に出歩けるようにはなったのですが、体調が不安定で、全然、弱々なんです。自然界と違って、自分は、弱いまま生きている。  安定した力が出せないと、建設的なことができないし、世の中に貢献ができない。だから、強くてしっかり生きてる方に凄く憧れるんです。 「『弱いまま生きている』……だって?」 「キョウチクトウさん?」 「建設的で、安定して、世の中に貢献ねえ……なんか、うさんくさい政治屋のスローガンみたいだねえ……」 「……え?」 「……………………強さや弱さに、物凄いこだわりを持っている、あんたは『安楽死作戦』ってのを知ってるんじゃないかい?」 私  …………ナチスのT4《ティーフィア》作戦のこと言ってるんですか? どうして、キョウチクトウさん……そんなことを…………知ってるんですか? 「一応、毒と悪意は、あたしの専門だ……糞真面目なチョウセンアサガオの奴よりは、人間の業の深さについて、わかってるつもりだよ……  核兵器使用の現場にまで、立ち会わされたしね……  奴ら障害者を、万の単位で殺しまくった。……一酸化炭素とか。監禁餓死なんて方法も使いやがった。おいおいって感じだ。外道鬼畜にも程があるよ。  ……身体や精神に障害があるかどうかだけでなく、様々な事情で働けない人とか、同性愛者とか、反抗的だとか、そういう人も含まれていたというんだから……もう、わけがわかんない! いろいろな悪党を知ってるけど、こいつらのクズっぷりは、私でさえ震えるよ。  奴ら『弱い者』を消して『強い者』だけを残せば世界が良くなるって、本気で信じてたみたいだけど、何なんだい!  必死でただ生きているものを、狂った優越感のために殺しやがって。  何をもって『弱い』って言ってるのかも、よくわかんないんだけどさ。『弱い』って、そんなに責められなきゃいけないことなのかね?  そういうことをやった奴らは、どうなった? 人間たちの生き方の中で、良い世の中を作ったかい? あんたは、言葉のはずみで言ったんだろうし、あんたに当たる筋合いの事じゃないんだろうけどさ。あいつらのことを思い出しちまったんだよ!  乱暴な言い方で申し訳ないんだけどさあ……  これが、あたしなりの答えだよ……  あんた、自分でできる精一杯の事をやってるんだろ?  それに対して、なぜ恥ずかしいと思うんだい?  あんたの人生が意義あるものかどうかなんて、他人じゃなくて、あんた自身が感じることだよ。  除草剤でさんざん土を汚染された、ハルジオンが、どれだけ大変な思いでそれを克服したか話さなかったかい?  綺麗で肥えた土の中で健康的に生きてる奴らには、ハルジオンが、どんな思いで、それを克服したか、まるでわからないだろうさ。  ただの想像なんだけどさ、人間にとって、わかりにくい障害ってのは、そういうもんなんだろ?  自分がどれだけ恵まれているか気づかないお馬鹿に、酷い扱いを受けて、傷つけられる事も多いだろうさ!  それにつられて、あんたまで、そんなことを言い出すのは、困難な中で一生懸命に生きている、別の人たちに対しても冒涜になりかねないんだよ。  ほかの苦しんでいる奴らに対してだけじゃない。  あんた自身の……体や……心に対してもね……  そんなに卑下して自分を責めなくても……いいんだよ……」 「…………キョウチクトウさん……」  私は、いろいろなことを思い出し、考えていた。  なぜ、あんなふうに、キョウチクトウさんは、怒ったのか……  いろいろな宗教や思想で、あなたは、そのままで、大切にされる存在だという。しかし、私は、当たり前の事ができない立場に立たされ、生きているだけで苦しくなった。そのままで大切にされる存在とか、人間関係というものが、想像できなくなった。そんな綺麗ごとを信じられなくなった。  弱いという存在を強烈に呪っていた。  アドルフ・ヒトラーは『弱き者に災いあれ』と言ったという。  蠅の王は、外側からもたらされるだけでなく、内側に根を下ろすこともあるのだ。  それを感じていると、精神が壊れそうになるので、感情を切り離して、蓋をするようになった。その中で育ってしまった、死を願う絶望感。  『病気という時点で、人生終わってるじゃん』と軽く言った仕事仲間。  どうにもならなくて、気力を振り絞って福祉の窓口に相談した。しかし、『お気の毒ですが、今の法律の枠組みでは、あなたにできる事はありません』と言われた。  病気仲間で、苦痛とストレスのために精神に異常を来たした人。  激しい痛みで動けないうちに、筋力が落ちてしまい、寝たきりになって、初めて福祉の支援が受けられた人。  徹底的に体と生活の破壊が進まないと、誰にも助けてもらえないという……怒り……  そして、疲労の極みに達した時に、次々と死ぬ方法の映像が、勝手に頭の中に現れ始めて止まらなくなってきた。ああ、そろそろ、まずい。変な冷静さで思った。  動けるうちに死ぬか。それとも、壊れる覚悟で動くか。このまま動かないでいたら、どのみち、待っているのは、社会的か精神的な死だ。  生きるか、死ぬか。  生きるぞ……  コントロールしがたくなっている『死にたい気持ち』を忘れなければ危ない。  医者に、体の痛みだけでなく、精神的な具合の悪さを訴えると、体が動かせなくなるくらいの精神薬が出てしまう。  自己流の極端な努力と工夫に、異常な依存をするしかなかった。もともと、そんな傾向があったけれど、ますます、感情と体を切り離すようになった。能力とか努力に極端にこだわりを持つようになった。  強くなるしかないと思った。強くないと、生きる資格が無いんだ。弱いまま生きる事は、積極的な悪意ではなくても、罰を受けているような生き方になる。  病院に行くことすら、支障を来たしてきていたので、ある日、風呂で体を十分温め、貼るカイロを体中に貼って、無理やり早朝の散歩を始めて、何とか病院に生ける能力を確保した。  早朝、散歩をしていても、私は、苦痛で酷い表情をしていたのだと思う。やはり、早朝歩いている中で、挨拶をすると、足早に、私から距離を取って離れて歩く人もいた。  『なんか、落ち着いてきたねえ』と、のんきな事を言っていた医者。  苦痛があっても、生活が出来なくなるような薬を出されるから、症状を軽く話すようになっただけだ。心と体を切り離して、無理やり頑張っていただけだ。もう、私は、必要最低限のことしか、医者に話さないようになっていた。  ドラッグストアでは買えない必要最低限の痛み止めと睡眠薬さえ、もらえればそれでいい。  しかし、同時に思い起こしていた。  散歩中、相当、酷い顔をしているのにも、関わらず、向こうから笑顔で、挨拶をしてくれた老夫婦。  もう何年も会っていないのに『何もできないのだけれど』と、とても、脱力するような心が安らぐ漫画を送れた友人。そして、電話に付き合ってくれた友人。  病気が違うのに『全然、参加していいよ』と、親切に言ってくれた、ある癌患者の会の会長。  そして、ついに、強い薬だけじゃない、リハビリの方法も教えてくれる専門家に出会った。  ……広島やナチスの何億分の一だろうけれど、私も人の心の闇を見ていたんだ。  弱い者には、何をしてもいい。あるいは、弱い者は、何をされても仕方がないという考え方。  そして、人間は、そんな人ばっかりじゃないという光に出会ったこと……日々、辛くて、それを忘れていた。絶対忘れてはいけないことなのに。  言い方が、あまりに、きつかったけど、キョウチクトウさん……キョウチクトウさんは、何となく、そんなことまで、察したのですね……私は、心の中でつぶやいた。 「ほらほら、落ち込まない! 考え過ぎない! ああ、めんどくさい男だね……まったく」  早口にキョウチクトウさんは、話題を変えた。 「それに、あたしにだって天敵はいるさ! ……呆れた奴らがいるからね」 「呆れた奴ら?」 「キョウチクトウスズメの奴さ! 蛾の仲間なんだけどね。幼虫があたしたちを食べるんだよ。まったく、奴らの体は、どうなってるんだろうね!」 「うあ……キョウチクトウさんを食べる奴もいるんですか……」 「奴ら、蛾の仲間は、おかしいよ。メンガタスズメは、ノウゼンカズラ科、アカネ科、マメ科、モクセイ科、ゴマ科、ナス科およびクマツヅラ科の植物を食べる。悪食(あくじき)にも程がある。  植物は程度の差はあるけど、何かしら天敵が食べにくい成分を持ってるんだ。だから、普通は一種類の虫が、そこまであれこれ食べないもんなんだよ。一匹の中で、何種類もの解毒作用を作るのは、難しいはずだからね。  そうそう、それだけじゃない。トウガラシとか、タマネギとかニンニクとか……ほかの動物がとても食えないようなものを……あれも本来は動物に食べられないための防衛のための毒の一種なんだ。   刺激があるとかスタミナが付くとか言って人間は食べるけどさ……タマネギ食ったら、最悪死ぬ動物もいるからね。 ……どうかすると一発で死ぬような猛毒の魚とか? そんなもんまで、意地汚く、何でも食うからねえ……  悪食については、人間が、最強かもねえ……    キョウチクトウは、豪快に笑った。私も苦笑いした。 「でも、キョウチクトウさんほどの方でも、やっぱり、苦手な相手もいるんですね……とても強いあなたが、それを明かしてくれるのは、なんか、ちょっと、ぐっときます」 「そりゃそうさ! あたしたちだって、老木になれば、抵抗力が弱って、病気も多くなる。どんな時にでも……いつまでも強いわけじゃない。いつかは……次の世代に、生きる場所を譲るのさ。  ところで、あんた、ずいぶん無理しがちなんだって? ハルジオンが、ここのところ、あんたの頑張りがハイペース過ぎやしないかって、心配してたよ?  力を出せない虚しさから、努力とか、強い能力とかに、やたら、こだわってるんだろうけど、あんただけじゃない。誰だって何か弱い部分を抱えてるよ…… 表に出さないだけさ!   それでも、折り合いつけながら生きてるんだよ……  限られた時間の中の一生だ。そんなに苦しい気構えのままでいるのは、もったいないじゃないか。  あんたは、十分過ぎるほど、頑張ってるよ…… もうちょっと、自分をかわいがってやりなよ……」 「……キョウチクトウさん……」 「なんだい!」  私は怒ったような声で言った。 「なんで、そんな優しくてかっこいいこと言うんですか! 植物なのに……惚れてしまうじゃないですか……」 「おやまあ! …………あたし、告白されちゃったよ!」  キョウチクトウは楽しそうに答えてくれた。 *樹木医のIさん、薬学のSさん、キョウチクトウの毒やアレロパシーに関して、丁寧にアドバイスくださり本当にありがとうございました。感謝いたします。 ※被爆した広島のキョウチクトウの記述は、広島市南観音公民館 編集・発行「追想 あの日あの時」澤井 智恵子さんの文章「夾竹桃」(昭和60年発行)の文章を参考にさせていただきました。
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