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   翌日、外回りでパンティーロードに行くと、「おい大型ルーキーが現れたぞ」などとおっさんたちが騒ぎ、俺を歓迎してくれた。 「おお、兄ちゃん来たか。今日は兄ちゃんと澤田さんの一騎打ちや言うて盛り上がっとたんや」岡部が興奮した面持ちで言った。 「一騎打ち?」 「せや。今日はおたくら二人の闘いを見物しとこうってなったんや。考えてみれば、どっちが勝つにせよ、これでほんまにキスしてくれるんかどうか判明するわけやから、そういう意味でも楽しみにしとったんや」  頑張れよ、期待してるぜ、などのエールを送られるが、正直俺としてはプレッシャーだった。二日続けてパンティーを拾えたのは、実力なんかではなく単なる偶然だということをこいつらは知っているのだろうか。 「おい、あんた」  今まで奥の方で影を潜めていた澤田が俺の元に近寄ってきた。 「二日続けてパンティーを拾えたことでいい気になってるかもしれないが、今日はそうはいかない。覚悟しとけよ」 「はい」  早くも帰りたいな、と俺は思った。こんなことになるとは思わなかった。明らかに周りとの温度差が違う。かといって、もう後戻りできる雰囲気ではない。 「おい、出てきたぞ」  誰かがそう発した。マンションを見上げると、ミス・パンティーがベランダに出てきて、洗濯物を干し始めた。 「あっ」  俺を含め、何人かがそう声をあげた。その後「うそやろ」という岡部の声が続いた。 「ちっ、ミセス・パンティーも出てきやがった」  澤田が忌々しそうに言った。そう、ミス・パンティーのすぐ上のベランダからミセス・パンティーが顔を覗かせたのだ。 「今日は荒れるで~。よっしゃ、俺らは下がるで」  岡部の合図で、俺と澤田を除いたおっさんたちが、マンションと反対側の壁にずらりと並んだ。俺と澤田は道の真ん中でマンションを見上げていた。なにやってんだ俺は、と心の中で呟いた。  そんな状態が一分ほど続いた後、横風が俺たちを抜けていった。「あっ」とミス・パンティーの声が漏れたのは、その直後だった。 「きたぞ!」  おっさんの誰かが叫んだ。俺もこの目ではっきりと見ていた。今の風で、ミス・パンティーの手からパンティーが逃げ出すようにして飛んで行ったのだ。淡いピンクのそれは、まるで桜の花びらが散っているようだった。  俺が右に逸れていくパンティーを追おうとした時、「おい待て」とまた誰かが発した。視線を横にずらすと、上空にもう一つのパンティーが舞い踊っていた。ミセス・パンティーの「ああ! もうまた落ちちゃった」という声が聞こえてきた。 「ダブルパンティーや」そう岡部の声が背後から聞こえてきた。  ミス・パンティーのパンティーが弧を描くように左に戻ってくる。すると一瞬、ミス・パンティーのパンティーとミセス・パンティーのパンティーがクロスした。  その時、また風が一つ吹いた。右に飛ばされるように消えたのは、ミセス・パンティーのパープルパンティーだった。ミス・パンティーのパンティーはそれを盾にしていたおかげで、飛ばされることはなかった。そしてミス・パンティーのパンティーは、そのまま安定した動きで落下してくる。それもこの調子だと、俺の元に落ちてきそうだった。俺はパンティーに手を伸ばした。 「させるか!」  もう少しで俺の手の中に収まるという時に、身体に衝撃が走った。気づくと、俺は吹き飛ばされていた。澤田にタックルされたのだとすぐにわかった。 「いった……反則だろ」 「そんなの知らないね」  頭に血が上り、俺もやり返そうとした。  しかしその時、けたたましい音が鳴り響いた。びっくりして、音のした右を向くと、トラックが近づいてきていた。俺はそのトラックを見て、「あっ」と声を漏らしていた。フロントガラスのところに、ミセス・パンティーのパンティーが貼り付いていたのだ。 「危ない、避けろ!」  誰かのその声で、俺は端に移動した。だが、澤田は未だに道の真ん中で手を上に伸ばしていた。全ての音を遮断しているように見えた。  トラックはブレーキをかけていたようだったが、間に合なかった。どん、という衝撃音がダイレクトに俺の耳に伝わってきた。 「まじかよ」  声にならない声を俺は出していた。誰もが呆気に取られていたと思う。そんな時間がどれくらい続いたのかはわからない。我に返ったのは「救急車呼ばな」という岡部の声だった。  岡部がスマホを耳に当て、事故のことを伝えだした。俺はトラックの先頭まで移動し、状況を確認する。トラックの運転手は中で放心状態になっていた。さっきまで貼り付いていたミセス・パンティーのパンティーは、ワイパーのところまでずり落ちていた。そして澤田の方はアスファルトの地面に横倒れになっていた。動きだす気配がない。そんな彼の手には、皮肉にもミス・パンティーのパンティーが握られていた。  俺が澤田に声を呼びかけようとした時、だっだっだという足音が近づいてきた。顔を上げると、こっちにミス・パンティーが走ってきていた。  彼女が目の前までくるとすぐにしゃがみ、「大丈夫ですか、聞こえてますか」と澤田の肩を叩き始めた。 「救急車は?」 「あ、今あの人が呼んでます」  彼女は俺のその言葉に返事もくれず、たちまち澤田に心臓マッサージを始めた。それを見ながら俺が思ったことは、看護師だったか、だった。  ミス・パンティーが胸骨圧迫を何度か繰り返すと、今度は澤田の顎を少し上げて、唇に顔を近づけだした。人工呼吸をするんだな、と俺は思った。  しかし―― 「キスだ……」  そんな誰かの声が俺の耳を吹き抜けていった。
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