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俺は元々、先代の社長秘書をしていた。
親父が先代の社長の親友で、小さい頃から俺を見ていた社長が、秘書に向いていると抜擢してくれた。
大きな規模の会社ではなかったけれど、業界の中では存在感もあり、そんな社長のサポートはやりがいがあった。
ところが、だ。
「お父さん・・そんな・・どうして・・」
ひとり娘の桜(さくら)さんが病室に駆けつけた時、社長はもう、最期の時を迎えていた。
「桜さん、申し訳ありません・・。私がおそばに付いていながら・・」
「服部さんのせいじゃない。お父さん、そういう人だから・・」
俺は余りにも不甲斐ない自分を抑えながら、桜さんに頭を下げる。
社長は会社近くでタクシーを降り、目の前の横断歩道に赤信号で飛び出した女の子を、とっさに追った。
女の子の腕をつかみ、なんとか歩道に放ることができたものの、社長自身は近づいてきた車を避けることができずに・・。
「さ・・くら・・きて・・くれた・・か」
「うん、間に合って良かった」
「さく・・ら・・おまえ・・に・・かい・・しゃ・・たのん・・で・・いい・・か?」
「もちろんだよ。お父さんみたいに上手くできないかもしれないけど、ちゃんと見守ってて」
桜さんは、気丈に話しかけた。
でも、その手はひどく震えていた。
「はっ・・と・・り」
「はい、社長。こちらにおります」
「さくら・・を・・たの・・む・・ぞ」
そう言って、社長は俺の肩をガシッとつかんだ。その力強さに驚く。
意志の強さの表れだと思った。
「お任せください。桜さんも会社も、精一杯サポートさせていただきます」
「たの・・んだ・・ぞ」
社長は、右手で桜さんの、左手で俺の手を握って、ふっと微笑んだ。
そして間もなく、社長は息を引き取った。
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