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散らかったままの玄関で、私は天井を眺め続けた。何もない虚空だ。それはまるで、今の私たちの心をそのまま表したようなものだった。
「はあ……」
ため息を吐いてみる。何も起こらない。ふと、足元を見つめてみても何もない。あるのは、割れた花瓶の破片や、落ちたままの額縁の類だけのように見えた。外から入ってくる夕日が私や破片たちを照らし出した。
すると、光に当たって、銀色に光る物に気がついた。私は思わずそれを手に取る。
「これは……」
それは、掌くらいの大きさの折り畳み式のナイフだった。興味本位で刃先を出してみる。刃が夕日に照らされて輝いている。これが、かりんさんの言っていた、倉持さんのナイフなのだとすぐにわかった。おそらく、さっきの喧嘩で倉持さんが落として気がつかなかったのだろう。友美はみんなのところへと行ったままだ。
もし、彼女がこのナイフを見つけたら、何をするのだろうか? 私は、理屈は無いはずなのに少し怖くなった。このナイフは直接、倉持さんに渡すべきだと思った。だから、それを刃先を畳んでポケットに隠そうとした、その時だった。
「ねえ、それは何?」
後ろを振り返ると、そこには友美が立っていた。
「な、何でもないよ」
思わず、右手に持ったナイフを背中に隠した。しかし、友美はわたしの右手を何も言わずに掴んだ。
「やめて!」
彼女は私の叫びをものともせず、私からナイフを取りあげた。彼女に握られた右手が痛かった。それから友美は、謝ることも無く、廊下を歩き始め、階段を登っていった。私は何も言うことができず、ただ立ち尽くした。
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