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八千枝さん
八千枝さんの家は変わらぬ姿で昔と同じところに存在した。
婆さんは懐かしむ様にその佇まいを眺めていた。
少し悲し気な様子は昔の思い出に耽っている様だった。
取り戻した記憶は輝いては見えなかったのだろうか?
「ごめんくださ~い」
私は懐かしむ婆さんを尻目に家のドアを叩いていた。
すると中から扉を開く音がガチャリと聞こえた。
「はい…」
中から出てきたのは50代くらいの初老の男性だった。
男性は私を見るなり少し怪訝な顔をしている。
何だこのガキはと今にも言い出しそうな感じだった。
「正夫ちゃん?」
すると婆さんが後ろから男性に向かって声を掛けた。
しかし男性は婆さんに覚えがない様で「???」といった顔をしている。
「千絵です…千絵おばちゃんです」
婆さんの言葉に男性はハッとしている。
「千絵おばちゃん⁈ああ、何てことだ…ずっと探していたんだ」
意味深な言葉を男性は言った。私はその真意を男性に尋ねた。
男性は正夫と言って八千枝さんの息子だった。近所に住んでいた婆さんとも面識があり亡くなった息子さんとよく遊んでいた。
いうなれば亡くなった息子さんとは幼馴染である。
正夫の話では八千枝さんは亡くなる直前まで婆さんの事を口にしていたらしい。
遠くに行ってしまったが掛け替えのない親友の事はいつまでも心配だったのだ。
八千枝さんは婆さんが居なくなってからもずっと思い続けていた。
婆さんの事を思い出しては語り、締めくくるのは「便りが無くても元気でいてくれたら」だった。
晩年になり過去を思い出すことが増えたのか婆さんとの思い出話も増えていた。
拒絶したと思っていたのは取り越し苦労で、婆さんを攻める様な事など一度も無かったという。
「千絵おばさん…貴女を探していたのは母の最期の言葉を伝えたかったからです」
既にボロボロと泣いていた婆さんは正夫の顔を見る事は出来なかった。
雅夫は八千枝さんの最後の言葉をそのまま語った。
「いつも助けてくれてありがとう。最後に貴方を助けてあげられなくてごめんね…」
婆さんはわんわん泣いた。
雅夫は母の形見だと言ってあるものを婆さんに手渡した。
それは八千枝さんが最後の最後まで大切に握りしめていたものだった。
そのペンダントには若き日の2人が仲睦まじくニッコリ笑う写真が入っていた。
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