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ホームに向かって
「よう！八重子さんじゃないかい？」
私が帰ろうとすると派手なスーツに身を包んだ小太りの男が声を掛けてきた。
ホスト風のその男は馴れ馴れしい感じだったが私には見覚えは無かった。
「誰だ…お前…」
「な、なんだと…俺を覚えてないとでも…」
特徴的な顔ではあるが全く記憶にない。
「全然、わかんねぇわぁ～誰だっけ？」
「シンヤだよ！ホストのシンヤだ！」
「あぁ…居たなぁ…」
確かにそんな奴はいたがこんなのだったか？
私の記憶にないとすればそれはザコキャラだ。
「この前はうちの店の若い奴らが世話になったな…キッチリとお礼はさせて貰うからな…」
「ほう…どんなお礼だよ」
「さぁな…それより木島さんが出てきたぞ！楽しみに待ってな」
シンヤはそう言いながらその場を後にした。
木島と私には因縁があった。何より木島には借りを返さなくてはならない。
「あのぉ～」
そんな時、さっきの婆さんが声を掛けてきた。
「何だよ！」
「駅に行きたいのですが道に迷ってしまって…」
さっきと全く同じ言葉だった。
私はここがどこだったか周りを確認した。駅で間違いなかった。
この婆さんはボケているのだろうか？私は急に気分が落ち込んでしまった。
「婆さんはどこから来たんだ？」
「う、う～ん…わかりません」
「家族はいるのかい？」
「息子…息子がいますよ！」
「その息子はどこにいるんだい？」
「う、う～ん…」
婆さんは言葉を詰まらせた。必死に思い出そうとしているが多分、無理だろう。
「婆さん！私に付いてきな！」
私は婆さんをホームまで連れていく事にした。
ホームまで見送れば何とか帰る事はできると考えていた。
婆さんの手を取り構内を連れ歩く。
道すがら婆さんにどこに行くのか尋ねると「札幌」といった。
何しに行くのか聞くと「帰る」といった。
婆さんの格好はどう見ても観光で遠出をしてきた身なりではない。
散歩に出かける様な普段着だ。
そしてここから札幌までは電車で行くと8時間は掛かる。
婆さんはそのことを理解しているのだろうか？
とりあえず函館行きの新幹線のホームに連れてきたが後の事は考えていなかった。
「婆さん…ここから札幌までは遠いぞ」
「ええ…ここに来るまで長旅でしたものね」
婆さんの口ぶりはまるで私と一緒にここに来たかの様だった。
記憶が途切れ途切れで誰かと間違えているのだろうか？
私を見つめる顔もニコニコと笑っている。
「やっと見つけたぞ！」
そんな時、背後から声がした。その姿は木島だった。
「借りを返して貰いに来たぜ！」
モヒカンに革ジャン姿の木島はやたらと凄んでいる。
「八重子、そんな婆さん連れて何してんだよ！」
「お前には関係ねえよ！あっちへ行きやがれ！」
私は婆さんを巻き込むことは避けたかった。
「関係なくねえよ！俺はお前に用があるんだよ！」
「婆さん行くぞ！」
私は婆さんの手を取り出発間際の電車に飛び乗った。
「あっ！待て！」
電車の扉はすぐに締まり木島は唖然としながら私たちを見送った。
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