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弁当は旨いかい?
私たちを乗せた新幹線は函館へと向かっていた。
私は車内販売の駅弁を購入して婆さんに手渡した。
「ほら…婆さん、弁当だ…これでも食いやがれ!」
「ああ…すまないですね」
婆さんは旅行気分なのか、さっきから機嫌が良い。ホームに着いてから笑顔が絶えなかった。
しかし私はさっきから婆さんの事ばかり考えている。
いったい婆さんは何者なのだろうか?
どうして札幌に行こうとしているのか?
過去に札幌で暮らした事があるのだろうか?
今はどんな暮らしをしているのか?
身寄りはいるのだろうか?
考えるだけきりが無く疑問ばかりが浮かんでいた。
その質問の殆どを婆さんはまともに答えてはくれないだろう。
「婆さん、旨いか?もっと食いやがれ!」
私はもどかしさを感じながら美味しそうに弁当を食べる婆さんにある感情を抱いていた。
「はいはい…わかりましたよ…でも、そんなに焦って食べさせなくても…」
「べらんめえ!こちとら江戸っ子なんだよ!」
「あはははは…」
婆さんは私の忙しない様子が可笑しかったのか楽しそうに笑った。
その時の婆さんにはボケた様子など感じられなかった。
「以前もこんなことがありましたね」
その言葉はやはり私を誰かと勘違いしている。
「ほら、選んでくれた弁当を美味しいから食べろ、食べろって…」
私は婆さんを沈黙で見つめる事しか出来なかった。
「あの時は、お互いにまだ10代でした…懐かしいですね」
私はまだ10代だが、無粋な突っ込みは入れなかった。
青春時代を懐かしんでいるのだろうか?まだ何もかもが輝いて見えたのだろう。
余韻に浸る婆さんに私はどう答えたら良いのかわからなかった。
「あれ⁈桐島のお婆ちゃん⁈」
通路を歩く20代くらいの女性が婆さんを見た途端に立ち止まった。
幸薄そうな感じの女性は見た目も質素で地味な服装をしていた。
「はて…?」
婆さんはその女性を誰だろうといった感じできょとんとしている。
「おまえ誰だよ‼」
私は何時もの様に女性に向かって凄んで見せた。
「お、お孫さん…?」
私の迫力に押されてか、女性はたじろいでいた。
「孫じゃねぇよ!シバくぞこの野郎‼」
調子に乗った私は更に追い打ちをかけた。
「ど、どちら様ですか…?」
「お前こそ誰だよ⁈」
「私は老人ホーム春風の介護職員で南です…」
南は私の迫力にしどろもどろだったが、自分の役割は全うしようと何とか頑張っていた。
怯んではいるが後には引かずに私に食って掛かる。
「桐島のお婆ちゃんを施設から連れ出したんですか⁈」
「連れ出してねえよ!何で介護職員のアンタがここに居るんだよ?婆さんを探しに来たのか?」
「私は偶々、休暇を貰って旅行に…」
「そしたら施設に居る筈の婆さんが電車に乗ってて驚いたと…」
「じゃあ、何で桐島のお婆ちゃんがここに?これ函館まで行きますよね⁈」
南の話から察するに、どうやら婆さんは老人ホームから抜け出して来たようだ。
「おい、南!婆さんの実家は札幌か?」
「よ、呼び捨て…⁈ち、違いますよ…」
では、家に帰るというのは何なのだろうか?遥か昔に暮らしていたとしても家に帰るとは言わないだろう。
「家族はどこにいるんだよ⁈」
「家族はいませんよ…旦那さんがお亡くなりになって身寄りがない筈です」
嫌な話を聞いてしまった。
婆さんは家族もおらず老人ホームで孤独に過ごしていた。
ホームでの生活はわからないが抜け出して来たのだ、決して楽しくは無かったのではないだろうか。
「南、婆さんの事を詳しく教えてくれ!」
「は、はい…っていうかアナタ本当に誰なんですか⁈」
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