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良く晴れた日
次の日、私たちは東京へ戻る予定でいた。しかし私はこのまま帰る事に躊躇っていた。
気がかりなのは婆さんの思い残した事が沢山あるという点だった。
ここまでやって来たものの、このままではただ過去を振り返ったに過ぎない。
婆さんの生きる希望は、まだ何も見つけられずにいた。
「婆さん、今日は八千枝さんの家族に会いに行ってみよう」
私の言葉に婆さんは「えっ!」という表情を浮かべていた。しかし頑なに顔を縦には振ろうとしなかった。
きっと婆さんは引け目を感じているのだろう。自分が一方的に八千枝さんを拒絶したという思いだ。
八千枝さんが自分を恨んでいたとでも思っているのだろう。
「婆さん、私は孤児だ」
婆さんは私の言葉にまたしても「えっ!」という顔をした。
「親に拒絶されて捨てられた人間だが恨んじゃいねぇ」
「親だって人だ…生きる為にはどうしても子供を手放さなきゃならない事だってある」
「それは苦労を重ねた苦渋の決断だ」
「婆さんだってそうだ…生きる為には息子の事を忘れなきゃいけなかったんだろ?」
「八重子さんがそんな婆さんの苦労をわからない人だったと思うか?」
私は思いつくままの単語を適当に並べた。これで婆さんを説得できるとは思っていない。
ただ八千枝さんの家族に会わなければ先には進めないと思っていた。
「わかりました…八千枝さんの家族に会いに行きましょう」
婆さんは意外にも何かを決断したように私の提案を了承した。
その眼差しは力強く並々ならぬ決意を滲ませていた。
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