おて!

2/22
153人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「春を呼ぶ恋愛神・吉木春呼さま」  ワンちゃんみたいにふわふわした髪の毛やお菓子のようなとびきり甘いお顔立ち、それでいて身長は高くて手脚が長い。本物の羽地央慈(はちおうじ)をこんな間近で見たのは初めてだったので、あまりの美しさに溜息が漏れる。  私の教室の机の前に、三つ離れたクラスの羽地くんがしゃがみ込んでいる。そして彼は持参してきた大粒の水滴がついたサイダーのペットボトルを私の机にごぼんと鈍い音を立てて置いた。  容器の中では炭酸の泡が慌ただしく弾けている。あーあ、蓋を開けるとき大変なことになるだろう。 「恋愛成就の神様との噂を聞きまして、やってきたのですが」 「は、羽地くんが?」 「うん、僕が」  思わず聞き返してしまったのも無理はない。男子生徒が訪ねてくることもたまにはあったけれど、比較的女子よりも男子のほうがシャイなようで、ひっそり忍んでやってくるのが基本だった。  昼休みの終盤に堂々と、しかも我が高校の王子様と称しても過言ではない羽地くんがやってくるとはさすがに驚きを隠せない。 「えっと、うん、話を聞くだけしかできないけど」 「吉木さんに話を聞いてもらうと、その恋が成就するんでしょ?」  そのつもりだろうは覚悟していたが、いざ本人から言葉にされると違和感を覚える。やはり王子様にも成就させたい恋の一つや二つがあるらしい。  そんな彼は真剣な面持ちで椅子も使わずしゃがみ込んだまま、私の机に顎だけを乗せている。  おや? 制服のブレザーを上品に着こなす姿は甘いルックスはまさしく王子様なのだけど、なんだかでかい犬に見えてきた。おかしいな、目を擦って錯覚を振り払う。 「念の為言っておくけどうまくいかな、いや、なんでもない」 「ん?」 「んーん、うまくいかないこともあるよって言おうとしたけど、羽地くんなら私がいなくても余裕で成功するのでは?と思っただけ。大丈夫、あなたさまなら失敗しないわ」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!