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次にオージくんはむうっと頬を膨らませて上目遣いに睨んできた。こんどは何が彼の機嫌を損ねたのか分からないので「ん?」と促すと、待てができないオージさまは拗ねた口振りで話し出した。
「春ちゃん、いつになったらあの話するの」
「あの話?」
「僕に言わせるの? 春ちゃんが言っていいなら言うけど?」
まさか私とオージくんが先ほどからお付き合い始めました、というくだらない報告だろうか。報じるつもりはなかったのだが、彼の純粋な可愛らしさに思わず口角が緩んでしまう。
「え、言ってほしいの?」
「そんなんじゃないけど!」
こちらが揶揄うと、なぜだか語尾を跳ね上げて怒っているのがまたかわいい。こんなにかわいい生き物は誰かが保護してあげないと危険である。
フッと笑いをこぼしてしまった私を見逃すはずもなく、友人が私の脇腹をつんつんと突いてきた。なに?
「春呼と付き合ってるんでしょ、羽地くん見てたら犬でもわかるよ」
「え、なんで?」
「春呼が戻ってくるまで、ずーっと『春ちゃんがさ〜』ってひとりで笑いながら話してたから」
「そのつまんない話、みんなよく聞いてあげたね」
「にこにこしてる羽地央慈は、間近で見られるだけで価値があるからね」
なるほど、それは理屈が通っているな。つい数分前まではオージくんと付き合ってしまったことなんて絶対に隠すべしと誓っていたが、甘えるように私に微笑む彼氏を見下ろすとそんな決意は呆気なく揺らいでしまった。
目の前にあるふわふわの髪に指を通してくしゃりと掻き撫でてから、私は苦笑を漏らして言った。
「うん、オージくんと付き合ってる」
もともと声が大きいほうではないしよく通る美声でもないのだが、その一言はクラス中に響き渡ったらしい。「まじで?」という疑いから始まり「ヒューウ」と下品な口笛が鳴り、「おめでとー」と肩を叩かれる。
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