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「お前、下戸だったのかよ。だからあん時もウーロン茶だったのか」  私の目の前にいるりりかさんは、ハイボールを注文しながらそう言った。 「そうなんです。缶ビール一本で、顔が真っ赤になって潰れるんです」  私たちは、地下の居酒屋にいた。一年前、りりかさんと街コンで出会ったあの居酒屋だった。  私とりりかさんはタッグを組み、私は絵師として、りりかさんはVtuberとして活動を開始した。  りりかさんは特徴的な声をしていた。普通の女性の声よりも高く、色んな声を出すことができる。声優としても活動できる稀有な声域を持っている彼女は、Vtuberとして活動を開始してからすぐに人気が出た。  もっとも、彼女の人気は声だけではなく、ファンのことを「お前ら」と呼ぶざっくばらんな性格、歯に衣着せぬ物言いによる部分も大きかった。とにかく彼女はVtuberとして成功し、Youtubeのチャンネル登録者数はすでに200万人を超えている。  私も彼女の絵師を担当したことでネットで有名になり、そこからたくさん仕事をもらえるようになった。今は営業の仕事も辞め、ネットを中心にデザインの仕事も手掛けたりして活動の幅を広げている。 「あたしがこんな短期間で成功できたのは、あたしが可愛いからって部分が一番だけど、あんたの絵がよかったって部分も2%ぐらいはあるよ」  彼女はハイボールを豪快に飲みながらそう言った。 「いや、10%ぐらいはあるんじゃないですか」 「調子に乗んなよ」 「すみません」  私とりりかさんは一緒に仕事をするようになり、自然と仲が深まっていった。彼女がいなければ今の自分はないし、その点では感謝もしているが、それだけでなく信頼できる仲間として確固とした絆ができているように、私は感じている。 「でも本当に良かったですね。最初はVtuberデビューって聞いてびっくりしましたけど」 「ちょっとはいい経験になるだろうぐらいの気持ちだったけど、まさかここまで人気が出るとは思わなかったよ」  と言って、彼女は笑った。 「でも、モデルの仕事はどうなんですか? いずれそっちの方も再開するんですよね?」 「そりゃまあ」と言ってから、りりかさんはちょうど届いた出し巻き卵に箸を伸ばした。 「やりたいなって気持ちはあるよ。でも、昔ほどじゃないかな。モデルの仕事でやりたかったことは今の仕事でもできてるし。結局あたしは、くさいこと言うようだけど、人に幸福だとか、生きる糧みたいなものを届けたかったわけよ」 「そうだったんですね」  りりかさんからそういう話を聞くのは、初めてだった。 「今の仕事だって、あたしの配信を楽しみにしてくれているファンがたくさんいる。その人たちに幸福を届けられるなら、別にモデルの仕事にこだわる必要もないかな、って思ってるよ」 「りりかさんの配信は、特に面白いですからね」 「当たり前だろうが」  そう言うと、りりかさんはいつものように豪快に笑った。 「ところでもう一つ訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」 「女子の恥部に触れない質問なら、答えてやるよ」 「どうしてりりかさんは一年前、街コンに参加したんですか」 「ああ」と言ってりりかさんは苦笑した。「そういえば言ってなかったっけ」 「ええ、もうりりかさんとの付き合いも1年になりますけど、まだ聞いたことなかったです」 「ただの社会勉強だよ」 「社会勉強?」 「そう」と言って、りりかさんはハイボールのおかわりを注文した。「あたしは14歳からモデルの仕事やってて、バイトとかもしたことないから社会のこと知らなかったわけ。それでたまたま、街コンにでも参加して世の中のことを見物してみるか、と思ったのよ」 「え? そうだったの?」 「そうだよ」 「失礼ですけど、りりかさんっておいくつなんですか?」  そういえば私は、りりかさんの年齢を知らなかった。失礼かと思って今まで訊くことができなかったのだ。 「二十歳だよ」 「は、はたち?!」 「そうだよ。確かに驚くよな。どう見たって16歳にしか見えないもんな」 「いや、そうじゃ・・・そうなんですけど」私は言葉を濁した。「じゃあ街コンで会った時は、まだ未成年だったんですか?」 「そりゃそうだろう」 「あの運営の男性、身分証とかで年齢確認しなかったんですか?」 「そんなん何もなかったよ」  私は驚きで口をぱくぱくさせていた。未成年で堂々と街コンに参加するりりかさんも凄いが、それよりも何も、私はあの時未成年の女性に拳骨で殴られたりしていたのかと考えると、そちらの方が衝撃だった。だが、私は口をつぐむことにした。今の自分があるのはりりかさんのおかげだし、私なんかより彼女の方がずっと人間としてしっかりしている。 「でも、身分証で弾かれなくて良かったですよ。でなきゃ、こうしてりりかさんと出会うこともできなかったですからね」 「それは、あたしもそう思ってるよ」  りりかさんが微笑んだ。私は彼女の微笑は、とても素敵だと思う。今まで何回も見てきたが、この微笑を見れないファンたちは可哀想だなと思うことすらある。 「ところでさ、今日は話があったんだ」  突然、りりかさんが改まったような態度になった。私はこういうりりかさんを見るのが初めてで、少し困惑した。 「なんか改まった感じですね。一体どうしたんですか? 「あたし、今度顔出ししようと思うんだ・・・」  りりかさんが少し、俯き気味にそう言った。私は驚いた。 「生身で配信をするんですか?」 「そう・・・」  りりかさんはいつもの様子と違った。いつもの自信や力強さに満ち溢れた姿が、そこにはなかった。 「やっぱり、ファン離れるよね」  無理をして笑う彼女を見て、私は胸が痛くなった。そんな彼女の姿は見たくなかったし、りりかさんらしくないと思った。 「そんなことないですよ」私はきっぱりと言った。「バーチャルだろうが現実だろうが、りりかさんは魅力的です。ファンの人たちは僕の描いたアイコンじゃなくて、ありのままのりりかさんが好きなんですよ」 「自分の作品を否定するなよ」  少し、彼女が元気を出したように笑った。私はそれを見て、少し安堵した。 「Vtuberとして人気が出てくるにつれて、段々とありのままの自分を見てもらいたいって気持ちが強くなっていったんだ。田辺は、いずれモデルの仕事も再開するんだから、その時に公開すればいいって言ってたよ。でも正直、あたしはもうモデルの仕事はどうでもいいんだ。ありのままの姿のあたしで配信して、それで多くの人たちに喜んでもらいたいって思ってる」 「そうだったんですね・・・」  彼女がそんなことを考えていたなんて、つゆほども知らなかった。一人で葛藤を抱えて配信を続けていたことを考えると、私は胸が締め付けられるような想いになった。 「だからあたし、あんたの意見で決める」彼女は私を見つめて、きっぱりそう言った。「あんたがいいと思うなら、生身の姿で配信をする。あんたが止めるなら、あたしは今まで通りのやり方を続ける」 「人の意見を参考にするなんて、りりかさんらしくないですね」  私が笑いながら言うと、彼女も苦笑した。未だ暗い影を落とす彼女の顔に向かって、私は精一杯の気持ちを込めて言葉を紡いだ。 「僕の答えは決まってますよ。りりかさんの好きなようにやればいいです。生身で配信をしたって、それでファンが離れたって、りりかさんはりりかさんですよ。何があっても、僕がりりかさんのことを支えます」 「生身を披露したら、絵師の力じゃもうどうにもできないだろ」 「それでも、どうにかするんです」  私が力強く言うと、ようやく彼女はいつもの笑みを取り戻した。 「それじゃあ、あんたを信じてやってみるよ」 「ええ、僕のことを信じてください。何があっても、りりかさんはりりかさんなんですから」  未来のことなんて分からない。未来なんてものはきっと、コロコロ変わるものだと思う。私の身に起こったことがまさに、それを証明している。それでも一つだけ、確かなことがある。彼女はありのままの姿で魅力的だ。彼女はありのままで魅力的で、最高で、たとえファンが離れたって、私がずっとそばにいて彼女のことを支えてみせる。
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