待宵草 二

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 その胸ぐらをつかもうとして、高橋はハタッと動きをとめた。  さっき視界の端に映ったものに意識の端がひっかかって、確しかめるためにもう一度ふり返った。  ドライバーに背中を突き刺され、苦しげに(うごめ)くのは、ムカデだった。  長さは三十センチほど、細い短い無数の脚も、鎧の(おどし)のように一枚一枚重なり合う胴体も、金属で作られた精巧な模型のように黒光りしている。  ドライバーで壁にとめつけられた姿は、生きたままの昆虫標本だ。 「で……でけえ……」  つぶやいて、絶句した。  高橋は吸いよせられるようにムカデに近よっていく。  ドライバーが刺さっている所から、赤い液体がしたたっていた。  右に悶え、左に悶えて、ドライバーを軸に苦しみにうねるたび、体液が飛散する。  その一滴が、高橋の頰に付着した。 「ウゲッ!」  あわてて作業服の袖で頬を拭う。袖口を見れば、人間の血液のようだ。  右に左に半円を描いて苦しみぬき、とうとうムカデは力尽きた。  朔がムカデからドライバーをひき抜くと、傷口から体中の体液が飛散した。  支えを失ったムカデは、ぽとりと地面に墜落した。 「ギャッ」  再び体液を浴びた高橋は、奇声とも悲鳴ともつかない声をあげた。  一滴の時は気がつかなかったが、生温かかった。  とっさに両手で顔を拭ったが、ぬるっとして気持ち悪い。  赤く染まった手のひらの臭いをかいでみると、金臭い。  色も臭いもとろみ具合も、人間の血液そっくりだ。  三十センチほどの虫けらから人間の血液がしたたり落ちるさまは、高橋の背筋を凍らせた。  高橋の隣で、朔はドライバーについたムカデの体液をウェスで拭き取っていた。再び袖のポケットにしまうと、作業用のスチールワゴンの上に置いてあったバインダーを無造作につかみ、店のほうへ歩いて行く。
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