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その胸ぐらをつかもうとして、高橋はハタッと動きをとめた。
さっき視界の端に映ったものに意識の端がひっかかって、確しかめるためにもう一度ふり返った。
ドライバーに背中を突き刺され、苦しげに蠢くのは、ムカデだった。
長さは三十センチほど、細い短い無数の脚も、鎧の縅のように一枚一枚重なり合う胴体も、金属で作られた精巧な模型のように黒光りしている。
ドライバーで壁にとめつけられた姿は、生きたままの昆虫標本だ。
「で……でけえ……」
つぶやいて、絶句した。
高橋は吸いよせられるようにムカデに近よっていく。
ドライバーが刺さっている所から、赤い液体がしたたっていた。
右に悶え、左に悶えて、ドライバーを軸に苦しみにうねるたび、体液が飛散する。
その一滴が、高橋の頰に付着した。
「ウゲッ!」
あわてて作業服の袖で頬を拭う。袖口を見れば、人間の血液のようだ。
右に左に半円を描いて苦しみぬき、とうとうムカデは力尽きた。
朔がムカデからドライバーをひき抜くと、傷口から体中の体液が飛散した。
支えを失ったムカデは、ぽとりと地面に墜落した。
「ギャッ」
再び体液を浴びた高橋は、奇声とも悲鳴ともつかない声をあげた。
一滴の時は気がつかなかったが、生温かかった。
とっさに両手で顔を拭ったが、ぬるっとして気持ち悪い。
赤く染まった手のひらの臭いをかいでみると、金臭い。
色も臭いもとろみ具合も、人間の血液そっくりだ。
三十センチほどの虫けらから人間の血液がしたたり落ちるさまは、高橋の背筋を凍らせた。
高橋の隣で、朔はドライバーについたムカデの体液をウェスで拭き取っていた。再び袖のポケットにしまうと、作業用のスチールワゴンの上に置いてあったバインダーを無造作につかみ、店のほうへ歩いて行く。
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