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待宵草 三
丸い、壁掛け時計が正午の刻を告げる。工場で作業していた従業員たちはきりのいいところで手をとめ、工場と店をつなぐ通用口から休憩室へと流れていく。
トイレに寄ってから休憩室に入ってきた高橋は、テレビに釘づけになっている瀬田を見つけた。
「なんか大事件でもありましたか?」
流しで手を洗いながら、顔だけを瀬田に向けた。瀬田がテレビの真前に立って見入っているなんて今まで一度もなかったから、きっと大事件が起きたにちがいない。
「駅のホームで電車を待ってた男の背中から、突然血が噴き出したんだと」
「血が噴き出すって、殺されたんですか? 病気ですか? それとも事故ですか? で、その人死んだんですか?」
高橋の後に続いて入ってきた海原が、血が噴き出したと聞きつけて、瀬田を質問攻めにした。
「即死だとよ」
「刺されたんですか? やっぱり殺しですか?」
「それが、そうでもないらしい——」
高橋の問いに、瀬田はゆるゆると首を横にふる。
「——凶器は見つかってないらしい」
「じゃあ病気ですかね?」
瀬田はうーんと唸りながら、
「断定はできないけどな」
「いったい何の病気っすかねー、血が吹き出す病気ってあるのか? 聞いたこともねぇ……」
高橋は首を可能なかぎりひねる。
「原因が何だかわからないのに、突然血が噴き出したなんて、気味が悪いっすね……」
海原は心底嫌そうな顔をした。
「ともかく——」と、瀬田はこの話を結論づけようとした。
「——凶器がないなら殺人事件じゃないだろ」
瀬田はテレビの前から離れた。ロッカーから弁当を出してきて、いつもの定位置に座った。
高橋も海原も、各々準備してきた昼飯を長テーブルに広げた。
ここは市街地から離れているので、近所にコンビニも飯屋もない。瀬田は妻の手作り弁当を、他の二人は出勤途中でコンビニに寄って調達してくる。
「なんかの伝染病ですかね? ほらアフリカで流行った伝染病、あれって、なんて言いましたっけ?」
「もしかしてエボラ出血熱のことか? まさか! ここは日本だぜ?」
海原の問いに、高橋があきれた。
「確か、あれも血が出て死ぬんじゃなかったでしたっけ?」
「そうだけど……東京でエボラが流行ったら、俺たちにも感染るじゃないか! 海原、やめろよ!」
「すいません……」
海原は素直にあやまった。
「凶器が今見つからないってだけで、どこかにあるのかもしれないし、もしかしたら犯人が持ち去ったのかもしれないな。混雑していれば、誰かが見ているようでいて、誰も見ていなかっただけなのかもしれないし。殺人なのか病気なのか、海原の言う通り原因がわからないから気味悪いんだな、きっと。真相が解明されれば、結局たいしたことないんじゃないのか?」
瀬田の言葉に、高橋は、
「殺人のほうがマシなんていう世の中になってしまいましたね」
と、ため息をついた。
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