待宵草 三

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 テレビと向かい合うその席で、弁当を広げながら瀬田は、テレビ画面を改めて見た。  画面は都内の駅のホームを映していた。  規制線が張られ、青いシートが事件の痕跡をおおい隠している。  背後を、乗客たちが、事件現場には見向きもせずに行ききしていた。淡々としている彼らの様子が、いっそう事件の不気味さをつのらせる。  被害者の男性はサラリーマン風で、中肉中背の四十代くらい。職業や年齢や身分を証明するものは所持していなかったと、キャスターは詳細を報道した。 「矢がぁ、一直線に飛んできて刺さったみたいでした——」  マイクを向けられた若いOL風の女性が、自分が目撃した事実をそう語っていた。 「——放物線を描いたんじゃなくて、そう……まっすぐ、まっすぐでした」 「でも、凶器は見つかっていないんですよね?」 「そうなんですか? そんなこと私、わかりません! そういうことはお巡りさんに聞いてください。私が言いたいことは、そういうことじゃなくてぇ……なんていうか……血の噴き出し方が背中に対して直角だったというか……まるで矢が一直線に男の人の背中に突き刺さったようだったというか……だから、見てください、私血を浴びちゃいました!」  血はグレージュのトレンチコートに、まるで花びらのように、赤く、点々と、鮮やかだ。  ちょうど被害者の男性の後ろに並ぼうとしていたところだったから、至近距離ではなかったのが幸いして、血飛沫の被害がこの程度ですんだのだと、聞かれてもいないのにその女性はペラペラとしゃべった。  瀬田は近頃の若い女性は、血を噴いて人が死んでいく様を見ても動じないものなんだなと、変なところに感心した。  「検死をすればもしかしたら矢のようなものが体内から見つかるかもしれませんね。たいへん貴重な目撃情報をありがとうございました」  女性は奇妙な表情をした。  そして—— 「あ、ちがっ……私が後ろにいたから凶器は……」 「現場からの報道は以上です」  時間が押していたレポーターは女性の話を遮った。  レポーターの声にかぶせられた事実は、テレビを見ている視聴者の誰にも伝わることはなかった。           *  キャスターは次のニュースを淡々と報道した。 「——奈良県の奈良考古学研究センターから、東京都神代(じんだい)市の咲梅(さくばい)遺跡についての新発見が発表されました。出土品の一部である、旧石器時代のものと思われていた人骨のDNAを再調査したところ、旧石器時代以前のものと確認されました。なお、DNAは現生日本人とはまったく異なるとの見解を、同研究所は発表しています。これにより旧石器時代より前から、日本に現生日本人とは異なる人類が存在したことが証明されました。この咲梅遺跡については一度、旧石器時代以前の人骨であると、蒼光(そうこう)大学の教授田島敦之(あつゆき)氏によって発表されましたが、その後田島氏によって撤回されました。神代市の市民団体が同研究所に再調査を依頼し、調査を継続していましたが、今回歴史的に大変貴重な発見となりました」
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