待宵草 三

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 君津自動車整備工場があるのは、東京都の西に位置する神代市。  十年前、神代市に高速道路のインターチェンジが建設されることになり、地質調査した時に発見されたのが、今まさに報道されている咲梅遺跡だった。  年配の瀬田は咲梅遺跡と聞いて、少し反応したものの、すぐに興味を失う。  血飛沫事件の奇妙さに気を取られて、同じ市内での大発見なのに、その場にいた誰もが見向きもしなかった。  高橋はコンビニ弁当の唐揚げをほおばり、ミネラルウォーターのペットボトルに口をつけようとした。その時、背中に違和感を感じた。  皮膚の内側からプツプツと泡立つような感じ。それがチリチリとむずかゆく、時々、チクチクと刺すような痛みを伴う。 「おまえ、髪、黄色すぎるぞ」  瀬田は自分に背を向けて昼飯をかき込んでいる後輩の頭を、ふり返ってつくづくと眺める。 「そうすか?」  高橋は髪をかき上げた。  ここの整備工場は見た目について厳しくないが、髪の色を明るくしすぎると、ときどき瀬田に注意される。  工場とはいえ、客の対応もしなくてはならない。従業員の身だしなみが、工場の印象に影響してしまうからである。 「てか、おまえ、頭になんかついてるぞ」 「へ?」  高橋の後頭部に、瀬田は奇妙なものを見つけた。 「塗装か? 赤い点々が——鏡見てこいよ」  高橋は後頭部に手をやり、拭っては見、また拭っては見るという行為をくり返した。何度目かに、指先に赤くてぬるっとしたものが付着した。 「うげぇ、後ろにもついてやがる……」  さっきトイレに行った時、鏡に映った顔に赤い点々が付着していたから、見えるところだけ洗ってきたのだが、後頭部にもムカデの体液が付着したようだ。 「今日赤い塗装なんて使ったか?」 「ああ、この点々、ムカデっすよ」 「ムカデ? なんだそれ?」  瀬田は目を丸くして、すっとんきょうな声を出した。 「さっき加賀美(かがみ)がドライバーでムカデをぶっ刺したんですよ! すっげーデカいヤツで、三十センチもあったんすよ! そん時に汁が俺の顔とかについたんです!」
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