待宵草 三

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「おまえ、あまり朔につっかかるな」  女性客のプレゼントをめぐって、朔と高橋がもめていたことを思い出し、瀬田はたしなめた。瀬田にとってムカデより重要なことだ。   「つっかかってないっす! 客のプレゼントをゴミ箱に捨てたあいつが悪いんじゃないですか!」 「だからってお客さんの前で大声出すんじゃない。おまえの評判が下がるんだぞ!」  憮然とする高橋を見やり、内心ため息をつく。  高橋は同年代の朔を、朔が入社した時からずっと意識している。  社長が朔を可愛がっていることも気に入らないし、物覚えも早く仕事が丁寧で早く正確であるから、女性客だけでなく、老若男女から人気があるのが悔しいのだ。 「社長にとって息子のようなものだから」と、いつかだったか言い聞かせたことがあった。亡くなった友人の一人息子で、天涯孤独なのだと。  高橋の技術力も上がり、社長や客から信頼を得るほどに、朔に対する敵対心も薄れてきたように思えたのだが。  いまだ折にふれて、妙な剣幕でつっかかって行く時がある。つっかかるから当然高橋が周囲から注意される、悪者扱いされたとかんちがいして余計に朔を恨む、その堂々巡りだった。  最近気がついたのだが、高橋は同年代の朔に相手にされない、興味を持たれないことが寂しいのかもしれない。朔をかまいたい、かまってほしいという本音の裏返しが、ああいう態度となって表面に表れてくるのだろう。  高橋を頼り、何かと話しかけてくる海原には、朔に対するよりも態度がやわらかかった。  しかし、朔は高橋だけではない。瀬田に対してもそっけなく、さらには社長にさえ親しみというものを持ち合わせない。 (あんなに可愛がられてるのに——)  瀬田は昔を思い返す。  朔の父親は長距離トラックの運転手で、ここの常連だったから、瀬田も顔見知りだったのだが、その父親が亡くなった時、社長は朔をひき取るのではないかと思うくらいの勢いだった。  学校の行事にも顔を出し、成人式の準備までやると言い出して、朔に断られて落ち込んでいたっけ。だからこの整備工場に就職させたのも不思議とも何とも思わなかった。  友人の忘れがたみとはいうものの、君津社長と朔は赤の他人だ。だが夫婦間に子供がいなかったからなのか、夫婦そろって朔を溺愛している。
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