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庇護欲をそそるタイプなのかもと思いかけて、瀬田は内心苦笑をもらす。
加賀美朔という青年は、誰の手も煩わすことがない。
瀬田とは勤続年数も年齢も二十年近い差があるが、今は瀬田の方が頼りにしているくらいだ。
「三十センチって盛りすぎじゃないっすか?」
向かいに座っていた海原が、揶揄するような笑みを浮かべた。
「マジだって! とにかくデカいんだって!」
「ムカデの汁だかなんだかは知らんけど、ほっておけばかぶれるから、家に帰って洗ってこい。社長には俺から言っとくから」
からになった弁当箱をロッカーに放り込みながら、瀬田は後輩を心配した。
虫の体液で早退させるのは過保護かもしれないが、客の目にもつく仕事であるから、帰らせるべきだと判断した。
「大丈夫っす。まだ予約のお客さん、さばいてないし」
瀬田は高橋のこういう仕事熱心なところを買っていた。
うちの若い者たちは三人ともよく働く。社長もよくわかっていて、それぞれに気を配っているつもりなのだが、本人たちにはなかなか伝わらない。
「ムカデってかまれると腫れるらしいっすよ、顎に毒を持ってるみたいです」
スマホの画面を見ながら、海原が嫌な情報を高橋に伝える。
「どくぅ⁈」
高橋はギョッとした。虫くらいと高をくくっていたのだが、毒を持っていると聞いて急に怖くなった。
チクチクと刺すような痛みが、頭皮にも広がりだし、高橋の恐怖心をあおる。
「蜂の毒と同じ成分で、アレルギー反応を起こす人もいるみたいっす。洗ってきたほうがいいと自分も思います」
「毒持ってるんじゃこえーな。お前、さっさと帰れ」
二人にそこまで言われると、帰るべきだと思うようになった。かゆみと痛みで仕事に集中できなさそうだ。
「そうっすね、じゃ、一旦帰って洗ってきます」
「ひどかったら皮膚科に行けよ」
高橋が背中や頭をしきりにかきむしる様子に、瀬田が心配する。
「あ、はい」
素直にうなずいたものの、高橋は自分が身体中をかきむしっていることを自覚していなかった。
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