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弁当を食べ終えた高橋は、弁当のケースをゴミ箱に突っ込もうとして、朔を思い出す。朔もムカデの体液を顔に浴びていたのだが。
美しい花びらが——真紅のバラが、朔に吸いよせられ、その皮膚の上に残った、高橋にはそう見えた。
(あいつは大丈夫なのか……?)
同僚を心配してみたが、すぐにそれが大きなお世話だと気づく。
あいつはいつも一人でどうにかしてきた。
迷惑な客の対応も、社長や瀬田が難しいと言った修理も。
だから、あいつはあいつでどうにかするだろう。
そもそも、ムカデは朔が殺したのだ、断末魔の苦しみに放った毒でも浴びてあいつも苦しめばいいと、高橋は腹の中で毒づいた。
実は顎に毒を持っているというだけで、ムカデの血には毒の成分が含まれていない。
しかし君津自動車整備工場の若者たちは、その情報だけで全身毒だらけだと思い込んだ。
実際、どんどんかゆみが増している。
「それ……ホントーにムカデっすか?」
スマホをいじっていた海原が、顔を上げて高橋に疑問をぶつけてきた。
「そうだけど?」
不安を隠しきれない目で、海原を見た。
「ムカデの体液って青いらしいっすよ。人間の血液にはヘモグロビンがあるから赤いけど、ムカデにはヘモグロビンがない、ヘモシアニンっていう銅を含んだ成分があって、酸化すると青色になるんだって書いてありますよ。でもそれって、赤いじゃないですか!」
親指でスマホの画面をスクロールしながら読んでいた海原は、画面から目を離すと、高橋に向かって顎をしゃくった。
瀬田は言葉なく高橋の髪についた赤い点々を見た。
高橋は手についた赤くぬるっとした液体を見た。
高橋の脳裏に、ムカデの胴体からほとばしる赤い飛沫が鮮明によみがえった。
海原が投じた一石が、休憩室に不気味な静寂をもたらした。
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