待宵草 三

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 弁当を食べ終えた高橋は、弁当のケースをゴミ箱に突っ込もうとして、朔を思い出す。朔もムカデの体液を顔に浴びていたのだが。  美しい花びらが——真紅のバラが、朔に吸いよせられ、その皮膚の上に残った、高橋にはそう見えた。 (あいつは大丈夫なのか……?)  同僚を心配してみたが、すぐにそれが大きなお世話だと気づく。  あいつはいつも一人でどうにかしてきた。  迷惑な客の対応も、社長や瀬田が難しいと言った修理も。  だから、あいつはあいつでどうにかするだろう。  そもそも、ムカデは朔が殺したのだ、断末魔の苦しみに放った毒でも浴びてあいつも苦しめばいいと、高橋は腹の中で毒づいた。  実は顎に毒を持っているというだけで、ムカデの血には毒の成分が含まれていない。  しかし君津自動車整備工場の若者たちは、その情報だけで全身毒だらけだと思い込んだ。  実際、どんどんかゆみが増している。 「それ……ホントーにムカデっすか?」  スマホをいじっていた海原が、顔を上げて高橋に疑問をぶつけてきた。 「そうだけど?」  不安を隠しきれない目で、海原を見た。 「ムカデの体液って青いらしいっすよ。人間の血液にはヘモグロビンがあるから赤いけど、ムカデにはヘモグロビンがない、ヘモシアニンっていう銅を含んだ成分があって、酸化すると青色になるんだって書いてありますよ。でもそれって、赤いじゃないですか!」  親指でスマホの画面をスクロールしながら読んでいた海原は、画面から目を離すと、高橋に向かって顎をしゃくった。  瀬田は言葉なく高橋の髪についた赤い点々を見た。  高橋は手についた赤くぬるっとした液体を見た。  高橋の脳裏に、ムカデの胴体からほとばしる赤い飛沫が鮮明によみがえった。  海原が投じた一石が、休憩室に不気味な静寂をもたらした。           *
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