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待宵草 四
この日もよく晴れていて、太陽は金色に光り、空を橙色に染めながら西の果てに沈もうとしていた。
西日の中で、朔はカワサキW650にキーをさし、エンジンをかける。
久しぶりに残業もなく、高橋と海原はすでに駐車場を出ていた。
瀬田は店の中で君津社長と明日の打ち合わせをしている。
神代市は東京都心から西へ離れ、古い時代の趣を残す静かな町だった。
三方を山に囲まれ、神代川が大きくうねりながら、国道と鉄道と並行に市内を横切る。住宅が川に沿って東の方角へ広がっていた。
朔は自動車整備工場を出て、国道を夕日に向かって走り出し、一番目の橋を通って神代川を渡った。
川の南側、山裾との間にはさまれた界隈は、昔からの住人が多く、現代的な住宅の合間に瓦屋根を戴く日本家屋が多く見られる。
川から土地を確保するため、敷地を丸い自然石で土留をしている景観が、この町の独特さを醸し出している。
丘陵地に近いこの辺りは、日中でも人も車も少なく、木枯らしが落とした枯葉を踏む音さえ響き渡る。
朔が住むアパートは、この宅地が終わるところよりもっと西にある。
アパートの所有者は君津社長だった。彼は朔に築三十年のアパートの一室を、社員価格で貸していた。
もともとは朔の父親が借りていた部屋だった。この六畳一間で、父親は男手ひとつで朔を育て上げた。
朔は父親が他界した後も、彼が残した一室に住み続けていた。
いつもは川の北側を通る国道を走り、アパート近くの橋を渡るのだが。今日は用があって、別のルートを走っていた。
朔が身動きするたびに、ツナギの中でガサガサと音を立てる。
入り日を逆光に、山並みは黒い影となり、愛車を走らせる朔に薄闇が落ちてくる。
陰影になりつつある町並みの中、行く先々で街灯がしばたたき、W650のエンジン音が辺りの空気を震わせた。
前方に寺が見えてきた。小さな御堂も見えてくる。
御堂には、三体の地蔵が手を合わせている。
彼らのまなざしを受ける所に、朔はバイクを停めた。メットを脱ぎ、ハンドルにかけた。
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