待宵草 一

3/3
前へ
/169ページ
次へ
 埃とグリスで汚れた作業着を脱ぎ、朔が子供の時からここにある洗濯機に無造作に突っ込んだ。  浴室に入ると、シャワーの水栓をひねった。湯気を立てて、温水は粒子となって朔を打つ。  朔は鏡のくもりを拭った。  もう一人の朔がこちらを見つめ返してくる。  細かい水粒を集めて滴を作り、それらを鼻筋や頬にたらす前髪の間から、こちらをのぞき込む双眸を確かめた。  瞳の色はまつ毛が落とす長い影にも(かげ)ることなく、どこまでも透きとおる。静謐で清浄な光をたたえた双眸は、薄茶色をしている。  いつもの色に戻っていると、朔は思った。           *  いつのまにか月は雲の陰に隠れ、部屋は闇に支配された。  膝を抱え、壁にもたれる奏凪はまどろむ。  その足元で、色あせた畳の上で毛布一枚にくるまり、朔が眠る。  奏凪はふと目を覚ます。  朔がいることを確認してから、再び目を閉じる。  さっき朔にふれられたところが熱かった——
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加