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待宵草 二
毎日よく晴れるせいで、風が乾ききった地面を這いずるたび土埃が舞い上がり、工場の中にまで吹き込んでくる。
工場にはレンチの音が響き、工業用油とタイヤの臭いが充満していた。
お得意先の運輸会社から預かった四トントラック一台と、オイル交換を待つ乗用車、ブレーキパッドの交換を終えたばかりの軽自動車が並んでいる。平日の午前中に、個人経営の整備工場にしては客がいっぱいだった。
朔は手の中のそれを、ゴミ箱に無造作に突っ込んだ。
「おいっ、待てよ!」
ひどくあせった声が、朔に向かって投げつけられた。
朔が首をめぐらせると、同僚の高橋がこっちへやってくるのが見えた。
足取りから表情まで、全身に不穏な空気を漂わせている。
「それ、お客さんからもらったやつだろ?」
高橋はゴミ箱をのぞき込んだ。手を突っ込んで、朔が捨てた物を取り出した。
ピンクの包装紙で可愛くラッピングされたプレゼントだった。
たぶん、手作りのお菓子か何かだろう。
「捨てるんじゃねーよ! お客さんからもらった物は自分ちに持って帰れっ!」
高橋はプレゼントを朔に押しつけた。
この後輩が女性客からこういったプレゼントをもらう場面をよく見かけるが、その行方を気にしたことはなかった。
プレゼントで気をひくだけでなく、朔の連絡先を聞き出そうとする客もいる。本人から聞き出せないから、わざわざまわりの従業員たちに聞き込みにくる客もいる。
いちいち気にしてたら身が持たない。
だが、その行方を知った今、見すごすことはできなかった。客からもらったプレゼントを従業員が捨てたことを知られると、大問題になる。
*
「……あの……」
オイル交換をすませた車を来客用駐車場に駐車し、戻ってきた朔の前に、一人の女性客が立ちはだかる。
その女性客は耳まで真っ赤になりながら、ピンク色の包装紙で可愛くラッピングされたプレゼントを、おずおずとさし出した。
しかし、朔は女性客にもさし出されたプレゼントにも見向きもしなかった。
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