春を投げる

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会場アナウンスの声を聞いて、私は思わず両手を空につき上げた。自己ベストだ! 上位選手とは大きな差があったのでここで敗退となったが、それでも自分の限界を更新できたことがなによりうれしかった。 はしゃぐ私に観客席から風が吹いてきて、高まった興奮を心地よく冷ました。私がふと観客席を見やると、ユニフォーム姿の圭吾が椅子からゆっくりと立ち上がり、階段を下りていくのが見えた。 大会が終わると、圭吾は私たちの前で簡単なあいさつをした。この大会で上位の記録を出せなかった3年生は引退となる。私や圭吾も、今日で陸上部のユニフォームを脱ぐことになった。 解散した部員たちは各自帰宅となり、思い思いに会場を出ていく。私は今しかないと、勇気を振り絞って圭吾に声をかけた。カラスの鳴き声があたりに響いて、少しうるさかった。 「圭吾。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」 振り向いて私を見つめる圭吾の表情は、これまでにないくらい無機質だった。 会場入り口にあるベンチに座った私たちは、「お疲れ様」と言うと、自動販売機で買った炭酸飲料の缶を軽くぶつけた。中身を少し飲んでから、私は空に浮かぶイワシ雲を見上げて、ぽつりと言った。
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