春を投げる

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「今日の私の試合、見てくれてた?」 隣に座っている圭吾は、何も答えない。私は缶の水滴で湿った掌をズボンで拭ってから言葉を続けた。 「分かってる。圭吾は私じゃなくて、隣でやってた結ちゃんのレースを見てたんだもんね」 「ほんと、ごめん」 圭吾は短く答えると、飲み干した缶をぎゅっと手で潰した。私は唇を噛むと、痛む胸を隠すように前髪に手をやった。 そりゃそうだよね。結ちゃんってかわいいし、いい子だし。そりゃ、結ちゃんを応援したくなるよね。私の競技中に鳴ったピストルは、結ちゃんが参加したレースのはじまりの合図だと、私にも分かっていた。 全部分かったうえでこんなことを言わなきゃいけないなんて、恋愛って罰ゲームみたいだと私は思った。 「私ね、圭吾のことがずっと好きだったの」 夕暮れに私の声が響いて、はらはらと消えた。私が隣を見ると、圭吾は苦しそうに顔を歪めていた。その時、私の心の奥底から湧き出ていた圭吾への思いが、まるで炭酸が抜けていくみたいに、穏やかになっていくのを感じた。 「ごめん。初音の気持ちはうれしいけど、俺、他に好きな人がいて……」 そう言って頭を下げる圭吾は、身長180cmとは思えないくらいに小さく見えた。私は立ち上がると、傍にあったゴミ箱に空の缶を投げ入れた。 「ありがと、ね」という私の呟きは、缶がゴミ箱に落ちた時の金属音で、圭吾には聞こえなかったかもしれない。
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