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そして何も無くなった
「少しは落ち着いたのか?」
裕子は私が持っていたチョコレートを食べると少しは体力が回復したようだった。
逆に女々しく泣き続ける私の事を心配してくれている。
私はある決意を固めていた。キャリーバッグに入ったお金を机の上に並べていた。
裕子の瞳がまた¥マークに変わってその様子を眺めている。
全てのお金を出し終わった私は裕子に話を切り出した。
「このお金、貴女にあげる!」
裕子は目を丸くして私の顔を伺う。そして深いため息をつくとヤレヤレといった顔を浮かべた。
「いらない…貰う理由が無い…」
「無くなる事を覚悟して用意したお金よ…貴女の好きに使って良いわ」
裕子への謝罪の気持ちも少しはあったが、意味合いは少し違っていた。
私は裕子の人間性を見極めて、このお金を託す事を決めた。
破天荒でありながらキッチリルールは守れる彼女なら、このお金を死に金にはしない。
立ち直るどころか何倍にも増やす可能性だって秘めていた。
「これを私に渡したところでギャンブルに消えるだけだぞ…」
「私から託されたお金だもの、貴女はそんな使い方しないわ」
図星を付かれた裕子は言葉を詰まらせた。そしてばつが悪そうに天を見上げる。
「わかった…じゃあ、この金で海外へいく事を了承してくれ」
「海外⁈」
「ああ…私に考えがある…」
海外で何をしようとしているのかは私にはわからない。
しかし言葉の後に見せた裕子の顔には悪代官が見せる何かを企んだような不敵な笑みがひろがっていた。
そして…
「じゃあ、私は行くぞ!」
裕子は相変わらず似合わないゴスロリのファッションに身を包んでいた。
しかし以前と違いお洒落を意識していた。
取って付けたようだった衣装が完全に着こなされている。
性格には合っていないが指摘する事はやめにした。
「気を付けてね」
不安げな様子の私を裕子は思い切りの笑顔で見つめている。
それは少しでも私の気持ちを安心させようと強がっている様にも見えた。
「必ず戻ってくるから…」
裕子はそういうと軽く手を振って背中を向けた。
私は姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けた。
初めてできた友人と思える存在。
長年、生きてきてやっと出会えた気がした。
どんなに離れても私たちは繋がっている。
しっかりとした信頼が結ばれているのだから。
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