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脱ホームレス
部屋に入った裕子は中の様子を隅々まで伺っていた。
備え付けられたテレビの電源を入れたり、冷蔵庫の中を覗き込んでいる。
「わっ!食い物が入っているぞ!」
裕子は冷蔵庫に入った食料を見て上機嫌だった。
「それは私からの餞別よ…中に入っているものは好きなだけ食べて良いわ」
暫くは困らないように一週間分の食料は準備した。
他にも何かと準備はしておいたが、その後は裕子の力量で何とかして貰う算段だった。
「ラッキー!」
裕子はそういうと手当たり次第に食料に手を伸ばし始める。
計画性なんて言葉は裕子には無縁だった。
「でも、生活は自分で何とかしなさいよ」
「ああ…任せろ‼」
その発言には根拠はあるのだろうか?
何日か分の食料があったってお金を稼がなければ立ち行かなくなってしまうというのに。
「電気は使って良いのか?」
「ええ…使った分だけ来月に請求が来るけどね」
「じゃあ、テレビも見放題ってわけだな!」
私は裕子が何を言ってるのか理解できなかった。
使った分の電気は来月払わなくてはいけないと、たった今言ったばかりなのに。
そんな私を尻目に裕子は冷蔵庫を漁り始めた。
「とりあえず酒でも飲もう!」
そう言いながら裕子は缶ビールを私に差し出す。
そして冷蔵庫からおつまみを取り出してテーブルに並べた。
「えっ!昼間っから?」
珍しく裕子は笑っていた。こんな笑顔を見せるなんて初めてではないだろうか?
きっと裕子にはホームレスなりの苦労があったに違いない。
その苦労から解放されて上機嫌なのだ。
「良いではないか…今日は脱ホームレスの記念日だ!」
「ほら、食べ物もあるぞ…食え!」
全て私の用意したものだが、これが彼女の感謝の気持ちなのだろうか?
それが彼女の持ち味でもあるのだが。
「あ…い、いや…」
私は何と言って良いのかわからない複雑な気持ちだった。
「さあ、今日はとことん飲むぞ!」
楽しそうに酒を飲む裕子は冗舌に会話も弾ませていた。
気の休まる日常は久々なのだろう。
裕子の他愛も無い話から、私はその生い立ちを聞き出す事にも成功した。
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