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金沢マキ子 享年94歳
お花見なんてさ、この歳になりゃもう何十回も見てるんだからありがたくもないけど、あたしの一番のお気に入りの桜井君が言うから仕方なく来たんだよ。
「マキ子さん、上、見てください。桜がきれいに咲いてますよぉ。」
あたしの車椅子を押す桜井君に言われて上を見ようとするけど実際に動いたのは視線でだけで、硬くなった首はそんなに簡単に上を向いちゃくれない。
それでも桜井君は嬉しそうに
「ピンクのトンネルですねぇ。天気が心配だったけど晴れてよかった。」
なんて、呑気に言ってる。
外国暮らしの一人娘に「心配だから」と施設へ追いやられて何年経ったか。
やれ花見だの、やれお祭りだの敬老会だのと理由をつけて何かやりたがる『あの人達』の中に桜井君が加わったのはいつだっけ。もう、すぐに忘れちゃう。
昔、まだあたしが娘の頃、二軒隣に住んでたお兄さん。
戦争で死んじゃったあのお兄さんによく似てる桜井君はあたしのお気に入りなんだ。
他の人の言うことは聞いてやらないけど桜井君に言われればなんでも聞いてやる。
お風呂も入るし、ご飯も食べる。
ろくに会いに来ない娘より桜井君に遺産を渡したいくらいだ。まぁ、あたしに遺産があればだけど。こんなとこへ入れられてあたしの蓄えやら年金なんてなくなっちゃってるのかしら。
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