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「マキ子さん、寒くないですか?」
桜井君があたしの顔を覗き込んで心配してくれる。
この歳になれば一年中寒いのだけど膝掛けにトントンと触れて答える。
「大丈夫。桜井君は?」
「僕は暑いくらいです!」
頭の上で元気な声がする。若いっていいね。あたしは足先が冷えて感覚がなくなって、お尻も冷えて何か出ててもわからないようになってるけど、桜井君は暑いのか。まあ、あたしの車椅子押して歩いているからね。
「それではみなさん、順番にお写真撮りましょうか!」
施設で一番威張っている大池って言う女が声を張り上げる。
車椅子の連中は次々に大きな桜の木の下へ連れてかれて黒いお帳面みたいな機械で写真を撮られる。
あれで写真が撮れるっていうんだから最近の世の中はわからない。もう知ろうともしてないんだけど。
「次、マキ子さーん!」
大池があたしを呼んだ。
「大池さん、桜井君と一緒に撮って頂戴よ。」
こういうことはしっかりお願いする。
「はいはい。桜井君、マキ子さんのご指名よ。」
はい!と返事をして桜井君があたしの車椅子の横に来て、大きい体を屈めてくれた。
「マキ子さーん!桜と桜井君のダブル桜を独り占めだよ。いい笑顔してくださーい。」
ああ、本当だ。両方桜だね。
桜…
そう言えば死んだ主人も桜が好きだったわ。
あの人、すぐ妬く人だったから桜井君のことどう思ってんのかしらね。
でもよく浮気されたし、いいわよねぇ。
「マキ子さーん!いい笑顔撮れましたよー!」
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