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旅立ち
セントールの町は、ドラゴンの加護により美しく栄えていた。土地は豊かで水も豊富、人々は朗らかで心優しかった。
ある日、高名な西の魔術師グレーゴーアが町を訪れた。彼はセントールの町の守り神であるドラゴンに魔法の宝玉を授けた。この宝玉があれば、ドラゴンの魔力は上がり来る悪しき者たちから町民たちを守ることができると伝えた。
ドラゴンが宝玉を授かって数日後、近隣の村を野盗が焼き尽くすという恐ろしい事件が起きた。その野盗たちはセントールの町へもやってきた。ドラゴンは宝玉で魔力を底上げし、町を野盗どもから守った。
町の人々はドラゴンに感謝した。ドラゴンも大切な町を守ることができて満足だった。
しかし、それが間違いだったのだ。宝玉には持ち主を狂わせる呪いがかかっていた。望むことと逆のことをさせる恐ろしい呪いだった。
野盗を追い払うために宝玉を使ったドラゴンはその呪いにかかり、魔力を用いて町の人々を苦しめ始めた。町の人々には、ドラゴンが敵にしか見えなくなってしまった。
ドラゴンの悪行を見かねた町の勇気ある若者たちがドラゴン討伐に繰り出した。その中にイザークの両親もいたのだ。
ドラゴンは若者たちに呪いをかけたものの、宝玉を奪われ、封印されてしまった。
「…すまないな。お前の両親やお前を苦しめる呪いをかけたのは私だ。しかし、本意ではなかったのだ。私は、私の民を心から愛していた。せめてもの救いは、あの宝玉の呪いが私にしか、かからなかったことくらいか。お前の両親が使った時には、呪いの効力は切れていて、ただの魔力の塊になっていただろう。」
ドラゴンはそう言ったきり、黙ってしまった。
イザークは拳を握りしめた。敵だと思っていた者が、違った。その衝撃と同時に、燃えるような怒りが胸の内に湧いてきた。
「西の魔術師グレーゴーア……。」
「そう、私はまんまと奴に騙された。妬みか恨みか…奴はこの町をめちゃくちゃにしたかったのだ。」
どんな理由があれ、人の故郷や人生を奪っていいわけがない。奴がいなければ、きっと自分は今頃この町で両親と共に幸せに暮らしていたことだろう。イザークだけではない。この町の全ての人々はあるはずだった平穏な暮らしを奪われた。
「私は大きな過ちを犯した。封印を解いてもらったからには奴を見つけ出し、倒す。それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだ。」
言外に、お前はどうする?とドラゴンは問うていた。
「俺も…一緒に行く。」
力強く断言するイザークにドラゴンは諭すような調子で物柔らかに言った。
「いいのか?お前には両親の残してくれた地図がある。その地図を使えば、冒険に心躍らせながら、呪いから逃げ続けることができる。呪いは私がグレーゴーアを倒せば自ずと解かれるだろう。」
そんなことはわかっている。しかし、もう巣立ちの時だ。真実を知った今、暖かな幻影にすがっているわけにはいかない。
「両親には感謝している。けど、幻の『必ず幸せになることができる宝』は、いらない。俺が自分で考えて、選択して、行動した時、本当の自由が生まれる。それが、きっと俺にとっての宝だ。」
ドラゴンは満足そうに頷いた。賛同するように、イザークの耳元でシュウが小さく鳴いた。
ドラゴンが上を見上げ、咆哮した。ガタガタ山が揺れ、天井に大きな穴が開き、空がのぞいた。厚い雲はなくなり、明るい日の光が満ちていた。
「乗れ。共に行こう。勇気ある若者とその相棒よ。」
イザークはドラゴンの首の根元にまたがった。シュウはイザークの肩にしっかりとつかまっている。
ドラゴンはばさりと翼を広げると、イザークたちを乗せて大空へと飛び立った。
……その後、数百年にわたり、この地には、ドラゴンにまたがり巨悪を滅した勇者イザークとその相棒シュウの伝説が語り継がれることとなる。
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