旅芸人

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旅芸人

 この町の男たちはみな逞しい体つきをしている。毎日山に潜りトンネルを掘り進めていれば、そのように筋骨隆々になるのもうなずける。 イザークは肩に相棒の隼シュウを乗せ酒場をあとにし、町の宿屋へと向かった。 「いらっしゃい!…お客さん、珍しい格好しているね。」 宿屋の主人は威勢よく挨拶したと思ったら、大きな飾り付き帽子を被り肩に猛禽類を乗せたイザークを見て、すぐに怪訝そうな顔つきになった。 「旅芸人なんだ。一晩頼めるかい?」 イザークは気さくな笑顔を作って、いつもの肩書を述べる。その鳥は部屋を汚さないだろうね?と確認し、渋々頷く主人に、帳簿に記名し前払いの代金を支払う際に一つ手品を見せた。コインが手の中から消えて、また出現するという簡単なものだ。 「へぇ!面白いな。この町の奴らにうけるかどうかはわからんが、まあがんばんな。」 毎回この手を使って、イザークは自分が旅芸人であるという話を信じさせていた。  イザークは部屋に案内された。主人が行ってしまうと念のためドアに鍵をかけて荷物をほどいた。丸められた羊皮紙を広げ、ろうそくの明かりの元で確認する。 「なあ、シュウ、ここで合っているみたいだ。明日は鉱山の中に入らねぇとな。」 その羊皮紙は、イザークが世話になっていた養護施設の館長から「君が17歳になった時に渡してほしいと言われた。」と両親からの手紙と共にもらった物だった。 両親からの手紙には、それが魔法の地図であり宝へ導いてくれること、旅を始めると謎の黒いやつらから攻撃されるかもしれないが、ひとところに長く留まらず冷静に対処すれば大丈夫なこと等が書かれていた。 もともと旅芸人の子として生まれ、10歳の時両親が事故で亡くなるまでは自分も生涯旅をし続けると思っていたイザークには、旅立つ良い理由ができた。機械工として働けるように育ててくれた施設の人々や親方には申し訳なかったが、旅への誘惑には勝てなかった。 「キッキッ!」 窓際にとまっていたシュウが警戒して鳴き声を上げた。 「来たか…でも大丈夫だ。まだ1日目だからな。」 2階の部屋であるにも関わらず、窓のすぐ外には蠢く黒い何者かが迫って来ていたが、イザークは冷静にカーテンを閉めただけだった。  次の日、イザークはシュウと共に鉱山の入り口まで来た。つるはしやスコップを持った男たちが山にぽっかりと開けられた黒い穴の中へ吸い込まれていく。そこへ向かって、トロッコのレールが何本も敷かれていた。  周囲に人がいなくなると、イザークは空のトロッコを押して勢いをつけて乗り込み、幌を上からかけた。シュウはイザークの腕の中へすっぽりと納まっている。 しばらくガタガタと揺られた後、トロッコのスピードが落ち、止まった。そおっと幌から少しだけ顔を出したが、辺りに人の気配はない。どうやら最深部まで来たようで、真っ暗だ。鉱夫達はこの通路を今日は掘らないらしい。 イザークが持ってきたカンテラに手探りで明かりを入れようとしたその時 「キキッ!」 シュウが鋭く警告の鳴き声を上げた。イザークは、さっと頭を引っ込めた。奴らだ。 「昼間でも、こんだけ暗いと来ちゃうってことか。」 トロッコの中で必死に明かりを点けた。ふわっと広がる明かりが襲ってきた者の正体をあぶりだす。 それは昨日、窓の外にいた黒い靄のようなものだった。ぼんやりと人や犬のような獣の形をしたものがイザークを取り囲んでいる。しかし目や鼻などはなく、ただ全身が真っ黒で霧の塊のようだ。 明かりによって何体かはシュッと消えてしまった。残りは3体。1体はシュウが突撃していき、消え失せた。残り2体。イザークはナイフで切りつける。 残り1体。 「ぐあっ…。」 体勢が崩れていたところを殴り飛ばされた。狭い坑道なので、壁に体が打ちつけられる。ナイフは手放してしまった。シュウがナイフを拾おうと近付いたが、黒い靄に邪魔されて取ることができない。 「シュウ、トロッコの中に隠れてろ!」 イザークは痛みを堪えて叫んだ。賢いシュウはすぐに指示に従う。 「跳弾が怖えが、しかたねぇ。」 腰のホルスターから拳銃を取り出し、靄の頭の辺りを撃った。銃声が響き渡る。黒い靄は消えてしまった。弾はイザークにもシュウにも、当たらなかった。 イザークは安堵のため息を吐き、やれやれと拳銃をしまいナイフを拾った。と、そこにきらりと光るものを見つけた。シュウはトロッコから出てきて、満足そうな鳴き声を上げた。 「おい、お前何している!!」 銃声を聞きつけたのだろう。鉱夫がやってきた。イザークを睨みつけている。 「いやぁ、僕は旅芸人の者なんだけど…興味本位でトロッコに乗ってみたらうっかりこんなところまで来てしまって、すまない。」 イザークはいつもの笑顔を浮かべる。シュウは心なしかしおらしくしており、被害者ぶっている。 「銃声が聞こえたぞ。どういうことだ。」 まだ警戒されている。 「護身用の音だけ出す銃さ。真っ暗だったもんで、ちょっとパニックになっちまって…迷惑かけたな。」 鉱夫の目にはまだ少し疑いの色が残っていたが、イザークの気弱そうな笑顔を見て少なくとも危害を加えるつもりはなさそうだと判断したようで、出口を顎で指し示しながらさっさと出ろと言った。イザークは言われた通り出口へ向かって歩き出したが、足元の物を何気なく蹴飛ばした。 ころころと転がる小石のようなそれを見て、鉱夫達の目の色が変わった。 「待てよ、それは…!」 金の粒だった。鉱夫たちはイザークのことはすっかり忘れ、我先にと金を探しを始めた。騒ぎに便乗してほんの数粒の金の粒をポケットに入れ、イザークは鉱山をあとにした。  外の明るい空気の中で伸びをして、イザークは地図を取り出す。 「金はありがたいや。でも、やっぱり『必ず幸せになることができる宝』ではなかったみたいだな。」 少し残念そうにシュウは小さく鳴いた。地図には次の行先が記されていた。 両親からの手紙にはこうも書かれていた。その地図に従って宝を見つけていけば、最終的に「必ず幸せになることのできる宝」に辿り着ける、と。 一人と一匹は終わりの見えぬ旅路へ、「必ず幸せになることができる宝」を求めて再び彷徨い出す。
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