9人が本棚に入れています
本棚に追加
登場
待ち合わせ場所に現れた彼女はいつもの様におかしな格好をしていた。
黄色の全身タイツの様なスーツに身を包みピンクのミニスカートを履いている。
胸のあたりにはローマ字でKという文字が大きく描かれ、赤いマントをヒラヒラとなびかせていた。
繁華街の喫茶店で彼女の格好はひときわ浮いている。
店内の客達も何事かと言いたげに僕たちを見ていた。
いつもの事でありながら見世物の様に注がれる視線に僕はいたたまれなさを感じていた。
僕の名前は近藤久志、17歳の高校生だ。
彼女の名前は長浜恵子、同い年だが僕とは違う高校に通っている。
今日、彼女を呼び出したのは重大な決心を伝える為である。
「私の事が飽きたのね…飽きたから捨てるんでしょ…」
何も言ってないのに彼女は涙を流しながら開口一番そう言った。
僕が伝える事があると言った時、何かを感じ取ったのだろうか?
「いやぁ~そういう事じゃなくてさぁ…」
僕が困り顔で言い訳してると彼女の顔つきは瞬く間に変わった。
何時もの様に高飛車なすまし顔で少し怒りを滲ませている。
本来の彼女はこの顔付がメインだ。
泣き顔なんて全く見せない。
「じゃあ、何だっていうのよ!貴方に振り回されて私の心はボロボロだわ!」
まだ何も話してないのに振り回すも何もないのではないだろうか?
「ちゃんと話を聞いてよ…まだ何も言ってないでしょ?」
彼女と話すときはいつも下手が基本だ。
彼女の怒りを買うと面倒な事になるのはわかっている。
「じゃあ、伝えたい事って何なのよ!」
いつもの事だが彼女の口調はキレ気味だった。
「その格好を辞めて欲しいんだよ…」
初めて出逢った時から彼女はずっとその格好だった。
最初は顔立ちやスタイルが抜群だったのでけったいな格好は二の次にしていた。
ずっとこんな格好ばかりしてる筈がないしお洒落だってするはずだと思っていた。
しかし付き合って1年程経つが彼女の格好は一向に変わらない。
いったい全身タイツの様なスーツを何枚持っているのだろうか?
「所詮、貴方も女の子を外見でしか見てないのね⁈」
彼女の言葉にはぐうの音も出なかった。
確かに僕は女の子を外見で選んでいる。
しかし男ならば皆そんなものではないだろうか?
「だったら見た目だけの女の子を侍らせると良いわ!」
高圧的な態度と言葉は聞いてる者達を委縮させる。
最初は興味本位で眺めていた客たちが次第によそよそしい態度を取り始めた。
「僕はその格好を辞めて欲しいだけなんだよ…」
顔立ちやスタイルが良いだけに周りの注目度は半端ない。
可笑しな格好をしている女の子を連れ歩く僕は周りから次第に距離を置かれ始めていた。
どこから聞いたのか最近は母親からも泣きながら問い詰められている。
「嫌よ!だって私はヒーローだもの!」
彼女の言葉は力強かった。
内容が内容ならば聞くものを納得させる力はあっただろう。
しかし僕は知っている。
その格好で街をブラブラしてるだけだという事を…
そして何か特別な力がある訳でもない。
「私はこの格好に誇りを持ってるの!」
誇りを持っていようが周りからは白い目で見られている。
それが証拠にいつも仲間外れになってる。
「私の助けを皆が待ってるの!」
それは大きな誤解である。
そばに寄るとみんな逃げてく事に気が付かないのか?
小さな子供は、変な人が来た~!って泣いてるだろう。
「そのヒーローが貴方の隣にいるのよ!光栄な筈でしょ?」
その格好を辞めてくれたら光栄かも知れない。
「じゃあさ…その格好の上に普通の服を重ね着して、ピンチの時に脱ぎ捨てて駆けつけるのはどうだろう…?」
苦し紛れに昔見たヒーロー映画の登場シーンを口にした。
どういう訳か彼女は深く考え込んでいる。
「う~ん…カッコいいわね!」
どうやら彼女はその発想を気に入った様子だ。
表情からは怒りが消え少し笑顔を覗かせている。
「着替えてくるわ!待ってなさい!」
そう言い残すと彼女は店を後にした。
後姿はどこかルンルンしている様に見えた。
最初のコメントを投稿しよう!