思惑

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思惑

 暫くすると彼女はお洒落ないでたちで僕の前に現れた。  その姿は周囲の女の子の中で誰よりも煌びやかに輝いていた。  日頃の高飛車な態度さえ気品を醸し出している。  こんな美しい娘が僕の彼女だと思うと誇らしかった。 「お待たせー」  かなり機嫌の良い様子の彼女だが、その表情には何かが含まれていた。 「さあ、行きましょうか…」  その言葉に僕は一瞬、ヤバさを感じた。  冷静に物事を進めて行く時の彼女は碌な事をしない。  キレ気味がいつものスタンスで冷静は何かを企んでいるシグナルだ。 「えっ!何処に…?」  そう問いかける僕の質問に彼女は「ふふふ…」と怪しく笑った。  不安に苛まれ涙目で彼女を見つめる僕の手をそっと握る。  喫茶店を出て人混みの中を突き進もうとその手はいっこうに離さなかった。  彼女のすべて行動には優しさに包まれている。  喜ぶべきだが、彼女を知ってる自分は素直に喜べなかった。 「着いたわ…」  連れられてやってきたのは怪しげな門構えの大きな屋敷だった。  大きな門は固く閉ざされ、あらゆる所に付けられた監視カメラがこちらを伺っている。  僕はこの屋敷の持ち主がどんな人物か予想はしていたが彼女に確認せずにはいられなかった。 「ここって…」  尋ねる間もなく通用門が開き、中からガタイの大きなそれらしい雰囲気の男が飛び出して来た。 「おうおう!お前ら何もんじゃい!」  彼女は臆することなく冷静に僕の様子を眺めている。  観察してるのかその視線はガラスの様に冷たかった。  そして男に胸倉をつかまれたその時… 「さあ…泣き叫びなさい…泣き叫んで助けを求めるのよ…」  感情の込められていないそのセリフは下手な役者の棒台詞に似ていた。  しかし助けを求めたところで彼女には何もできないだろう。  高飛車な態度で「お黙りなさい!このハゲ!」とかいうのが関の山だ。  そのあと僕はどうなってしまうんだろう。  ボコボコのされるのだろうか? 「ははは…」  僕は呆れた様子で笑ってみせた。 「お前ら2人で何を言ってやがる!」  チンピラは堰を切った様に激しく罵りだした。 「お黙りなさい…三下!」 「久志、早く泣いて助けを求めるのよ!」  彼女が苛立ち始めた。  このままだと後が怖い。  僕は無理やり涙を流し彼女に助けを求める。 「ひぃ~助けて~」  彼女はお洒落な服を脱ぎ始めた。  中から全身タイツの様なスーツと赤いマントが顔を覗かせる。  彼女は颯爽と脱いでるつもりだろうが、のんびりにしか映っていない。  しかも脱いだ衣服は一枚一枚丁寧に畳んでいる。  結構な時間を僕とチンピラのおじさんは微笑ましく見守っていた。  そして完全にヒーローの姿が現れる。 「待ちなさい!悪事はやめるのよ!」  その言葉を聞いたおじさんはハァー?という顔をしていた。  そんな顔になるのはもっともである。 「私が来たからにはもう大丈夫よ!」  彼女がこんな手の込んだ事をしたのは、このくだりがやりたかったからに違いない。  何処か誇らしげな表情を浮かべている。 「姉ちゃん…あんたさっきから何言ってんだい…」  おじさんは半ば呆れていた。 「お黙り!三下!」 「これでも食らいなさい…ファイナル~アタック~!!」  彼女はそう言いながらパンチを繰り出した。  しかし何とも遅い…蚊でも止まりそうな勢いだ。  おじさんの胸のあたりにポカっと音を立ててパンチは止まった。  もちろん、おじさんには何のダメージも見受けられない。 「姉ちゃん…何のつもり…zzzzzz」  不思議そうに問いかけるもおっさんは途中で眠りに落ちてしまった。  どういう訳か完全に熟睡している。  それも立ったままだ。 「これぞ私の真の力!」  彼女の言葉に私は驚愕した。  彼女にはヒーローとしての力があったのだ。  しかし何てショボい能力だろう。  パンチの当たった人間を眠らせるだけなんて… 「この世の悪はキッチリ型にハメるわよ!」  その言葉と共に彼女はヒーローモノのアニメから取り出した様な決めポーズを取った。  その表情はまんざらでもなく、決まった!と言いたげに満面の笑みを浮かべていた。
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