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ある海辺の漁村。
潮風が小袖の裾をなぶる。
その日も“うい”は浜辺の松の木に登り、一人ぼんやりと空を眺めていた。
向こうの浜では村の大人や子供が十人ほど集まって、漁の手ほどきをしている。
ういは、あの輪の中には入れない。ういが入っていくと、いつも村人たちは黙って立ち去ってしまう。子供たちの中には、ういに石を投げる者もいる。
普段はういに寄り付く者もいない。しかしこの日は珍しく、砂を踏む足音が近付いてきた。
「おい」
びくりとして振り返ると、木の下に、ういよりいくらか年嵩の少年が立っていた。
色黒でずんぐりとしていて、鋭い目つきでういを睨み上げている。雁次だ。
「お迎えを待ってんのか」
雁次は言った。
ういは目を白黒させた。まず、雁次に話しかけられたのも初めてだった。
「お、おむかえって?」
ふんと、雁次は鼻息を吐いた。
「お前のお母のお迎えが、天から落ちてきやしないかって見てるんだろう」
ぎくりと、ういは体を強張らせた。
ういの母は、ういが生まれる前、天からおりてきた。
天からやってきたういの母は、海辺で水浴びをしていた。
それを見つけたのがういの父だった。漁村の男は、女の美しさに心を奪われる。
女を天へ返したくないと思った男は、女が脱いで松の枝にかけていた羽衣を盗み、隠してしまった。
天へ帰れなくなってしまった女は嘆くが、どうしようもない。行き場を失った女は、やむなく男の妻となった。
そして生まれたのが、ういである。
ういの名は、羽衣と書く。
母が、父に対する恨みを込めて付けた名である。
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