11人が本棚に入れています
本棚に追加
雁次と別れると、とぼとぼと家路についた。
ういの母は、ずっと羽衣を探している。父がどこかに隠しているはずだと思っているからだ。
しかし、もうそれは二度と戻ってこない。
これを、母に伝えるべきだろうか。
迷いに迷い、家に着いて母の姿を見た。
母は繕い物をしていた。
虚ろな顔をしている。
ういは、本当のことを言おうと思った。
「さっき、雁次から聞いた」
ういは母に話した。羽衣はもう戻ってこないと。
母は、頷いただけだった。
夕方になって、父が帰ってきた。
粗末な家に父が入ってくるなり、母は父に向かって言った。
「私の羽衣を、人にあげてしまったんですってね」
父の顔色が変わった。
母が声を荒げた。
「あのね、古老は羽衣を売ってしまったのよ。もうどこへ行ったかわからないの。これでもう、私は萎れ果てて終わるまで、汚らしい屑みたいな人間どもの中で腐っていかなきゃいけないのよ!」
羽衣を隠して天女を妻にした男、ういの父は、顔を蒼白にして怒鳴った。
「だからなんだ。おまえはもう十何年も前から、俺の女だろうが。何度言わせりゃわかるんだ!」
きいいと金切り声をあげた母が、父に掴みかかる。
しかし女の細腕で敵うはずもなく、父は母の着物の胸倉を掴むと、顔を平手で張り飛ばした。
ういは震えた。
そして立ち上がると、家から走り出た。
砂が続く黄昏の道を、転がるように駆けた。
雁次のことを思い出した。
雁次に付いて、どこか遠くへ行こう。もしかしたら、戦に出るのかもしれない。
この世の端から端を覆う天と海の境に、赤く滲んだ太陽が落ちてゆくのが見えた。
<終>
最初のコメントを投稿しよう!