2022/9/24 「懺悔」

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私はこの村のサビれた教会の司祭を務めている。最近魔物の出現が多く平和とは言い難いが、優しく穏やかな人の多いこの村を気に入っていた。彼らの為に祈りを捧げ、ミサの際に村人たちと交流する日々に幸せを感じていたのに、まさかこんな秘密を知ることになるだなんて。それはそう、今日のように雷の鳴り響く何だか不吉な日であった。 「司祭様、私は罪を犯しました。どうか愚かな私を許してください。」 毎夜に開放している告解室を訪れたのは、シエルという誰にでも心の優しい青年だった。そんな彼が告解に訪れるだなんて何かあったのだろうか。しかし、この部屋で話したことは私と彼と神様だけの秘密である。とにかく彼に悟られぬよう動揺を隠しながら、話を聞くことにした。 「昨日の夜のことなのですが、村のはずれにある石に刺さった剣あるじゃないですか?」 彼が話しているのは神域と呼ばれる場所にある伝説の聖剣のことだろう。この村に古くから伝わる伝説では、この剣を抜くことが出来たものは勇者であると教えられてきた。まあしかしそんな話心から信じている者は少なく、今ではほとんど忘れ去られてしまい剣も錆びまくっていたはずだ。 「俺昨日とにかくしこたま飲んで酔っ払ってたんです。それで帰る途中に何を思ったか剣を抜こうとしまして、そしたらなんかあっさり抜けちゃったんですよ!」 「え、抜いたの?聖剣を?お、おめでとう。」 驚きのあまり声に出てしまった。しかしすたれたとはいえ一応は聖剣。あれを抜くものが現れるなんて。 「おめでとうじゃないですよ!!あれ抜いたら強制的にいるかいないかわかんない魔王倒しに行かなきゃならないんでしょ?俺、そんな力ないしとにかくなかったことにしようと思って、また石に剣、刺し直したんです。」 あっ、そういう懺悔!?えっ、これどうしたいいんだろうか。告解で見聞きしたことは誰にも話してはいけない秘密であり、外部にもらしたものは理由がなんであれ重い罪に問われる。しかし聖剣がらみとなれば話は別だ。この剣はかなりの魔力が込められているらしく、以前は国王の命令で大都からこの剣を抜くために大勢の若者が遣わされていた。しかし誰も抜くことが出来なかったため、抜けるものが現れたら即刻報告するようにと、この村に派遣されたのが私なのだ。聞かなかったことにするべきか一体どうしたらいいのか。私はほとほと困り果ててしまった。 「しかし一応は聖剣ですし、一回抜いたことでなんかぐらぐらしちゃいまして、俺一人じゃ抱えきれなくて告解しに来たんです。」 いつもは明るく元気な彼がよほど落ち込んでいるのだろう、声からでもその調子が見て取れた。 「でも、司祭様に話すことが出来てすっきりしました。ありがとうございます。あ、このことは俺と司祭様と神様だけの秘密ですからね。」 「ち、ちょっと待って、君はすっきりしたかも知れないけど巻き込まれた私は大パニックだよぉ。」 そんな私の叫びもむなしく足取り軽く彼は帰ってしまった。 「どうしよう、国王様にお伝えすべきか。しかし、告解で聞いた内容を口外するだなんてできない。あぁ、一体私はどうすればいいのでしょう。」 思わぬ爆弾を抱えてしまい、神に助けを求めているといつもは一人来るだけでも珍しい告解室にまた新たな訪問者が来たようだった。 「神父様、どうか私の罪をお許しください。俺っ、とんでもないことを。」 「い、いいでしょう。話しなさい。」 この声はきっとジェルミだろう。彼は村一番の力持ちで容姿も端麗なため村の娘たちから大人気である。そんな彼も秘密を抱えているだなんて。今日はなんて日なんだ。 「俺、抜いちゃったんです。聖剣」 「え?」 聖剣を抜いたのはシエルではなかっただろうか。それとも彼が抜いた後にジェルミが抜いたということか? 「俺の家聖域の近くじゃないですか。おとといの夜何だか外が痛くまぶしくて眠れなくて。外出てみたら聖剣が光ってたんですよ。」 聖剣が光っただって!?あの剣が光るということは魔王が目覚めたという証のはず。最近魔物が増えてきたのはそういうわけだったのか。いかん、これは一刻も早く国王様に伝えないと。 「眠いのに剣がまぶしいからイライラして、俺何を思ったか力の限り引っこ抜いちゃったんですよ。そしたらまぶしくはなくなったんですけど、抜けちゃって。あれ抜いたら旅に出ないといけないんですよね。俺そんなの耐えられないと思って、とりあえず刺し直して放置してたんです。」 剣を抜いたのはジェルミだったのか。確かに彼ほどの力の持ち主であれば納得である。しかし彼も旅に出たくないからなかったことにするだなんて、最近の若者は引きこもりがちだから困ってしまう。 「そしたら、昨日の晩に酔っ払ったシエルがあの剣抜くところ見てしまったんです。俺が抜いたせいなのにあいつ泣きながら慌てててこのままじゃ俺の代わりにあいつが旅に出ちゃうと思って、これから犯す罪を告白しに来たんです。」 えっ?剣を抜いたことを懺悔しに来たんじゃないのか。しかし罪を前もって懺悔するのはありなのだろうか。それにこれから犯す罪って一体。 「実はシエルのことが好きで、剣をもとに戻したのもあいつと離れたくなかったからなんです。けどもう苦しむあいつを見てられなくて。だから本当のこと話して旅に出る前にあいつのこと手籠めにしようと思うんです。それで今日夜這いに行く予定なんでその前に罪を話しに来ました。」 シエルを好き?夜這いだって!?おいおい、核爆弾並みの暴露しないでくれよ。私にどうしろっていうんだ。 「あぁでも、誰かに話すってこんなにすっきりするんですね。しかも何話してもばれないし許してくれるなんて本当神様って優しいですね。ありがとうございました。」 「お願い待って、私は?こんな秘密抱えきれない。誰かっ神様ぁ、私のっ、私の話も聞いてくださいぃぃぃ。」
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