暗転

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 舞台に二筋の光が落とされる。どれだけ明るく照らしてもそれと分かる青い顔の男と、それより大分若い、こちらもまた顔色の悪い少年が暗闇に浮かび上がる。  二人は椅子に座り、互いを見つめている。  男が口を開く。 「……この子が穴に落ちてこちらにやって来たときのことを、僕は今でもよく覚えています。この子はまだほんの小さな子どもで、何が起きたのか分からず、ただ不安そうにして泣くばかりでした。あの日は……そう、雨が降っていました。こちらは晴れることはないけれど、雨はよく降るので。あの日は特にひどかった。あちらでもさぞ土砂降りだっただろうから、この子が足を滑らせたのも、そのせいだったのでしょう」  少年の表情が僅かに動く。  男は目を逸らす。 「怖くないよと、僕はこの子の手を引いて、僕の家に連れて帰りました。僕はこの子に、ここで生活する術を教えました。毎日必ず水浴びをする必要があること、それにうってつけの場所、眠るための穴の掘り方、必要に応じて避けなければならない沼のこと……知っていることは何でも。この子はとても賢くて、ここにもすぐに馴染みました」  男は視線を落としたまま、両の手を固く結び、しかしすぐ解き、また結びを繰り返す。  少年はまっすぐ男を見つめている。 「僕は、この子と過ごす日々が、とても、とても楽しかったのです……」  なけなしの力をふり絞り、男は己の独白をそう締め括った。  続いて、少年が口を開く。 「ぼくはあの日のことをあまりよく覚えていません。あの日のあちらの天候なんてまるきり覚えてません。落ちた泥の中で、息もできずにがむしゃらに手足をばたつかせていたように思います。……ただ、」  少年は射貫くような視線を男に向ける。  男の体が、露骨なほどに高く飛び跳ねる。 「ただ一つだけ、はっきりと覚えているのは、穴に落ち、必死で這い上がろうともがくぼくの手を、真っ黒な手が掴んで下に、下に……こちらに、引きずり込んだことです。そいつはこう言いました、怖くないよ、こっちにおいで、こっちで僕と一緒に暮らそう!」  男が意味不明の雄たけびを上げ、椅子を蹴り飛ばす。立ち上がった男を、舞台袖から現れた甲冑の兵士たちが取り押さえる。  兵士の一人が少年に恭しくナイフを差し出し、男の前まで誘導した。  そこには先ほどまでの男の姿はなく、真っ黒な異形を持つ一匹の怪物が跪いていた。  少年は小さな声で何事かを呟き――それは本当に小さな声だったので、観客は誰一人として聞き取ることはできなかった。それは男に向けられた問いかけであった――目の前の怪物にナイフを突き立てた。 『ブラボー!』  観客席から大きな歓声が湧き上がった。  そこには異形がひしめき合っていた。あるいは、一個の得体のしれない塊となって波打っていた。 『素晴らしい!』 『ブラボー!』  かつての男はすでにこと切れていたが、口元と思しき空洞からは「あいしてる」という言葉が溢れ続けていた。  少年の手からナイフが滑り落ち、がしゃんと大きな音が会場に響き渡る。  とうとう興奮の最高潮に達した異形たちが、一気に舞台上へとなだれ込んでいく。  舞台は、蝋燭の火を吹き消すようにして暗転――。
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