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 央樹がそう言った、その時だった。 「おれの幸せ、勝手に決めないで貰えますか?」  そんな声が背後からして、央樹は驚いて振り返った。 「……結城……」 「おれの幸せは、おれが決めます。それは、央樹さんにだって、譲りません」  肩で息をしながら、暁翔がまっすぐにこちらを見つめる。そんな暁翔を見て葵が優しい顔をした。 「とりあえず座ったら? 水でも飲む?」 「はい……ありがとう、ございます」  暁翔は央樹の隣に腰を下ろして葵に頭を下げる。それから少し鋭い目で央樹を見やった。 「話したいことはいっぱいあるんですが、とりあえず今は、スマホの電源切ったことを怒りたいです」 「あ、それは……」  央樹はスーツのポケットからスマホを取り出す。電源を入れると、暁翔からの着信の通知がたくさん届く。メッセージも一分おきに入っていた。 「心配しました」  暁翔がそっと央樹の手を取る。央樹はそんな暁翔の顔を見て、ごめん、と謝った。 「でも、おれが央樹さんのこと、全然知らないって、よく分かりました。央樹さんの行きそうな場所、自宅とここしか分からなくて……もっと、央樹さんのこと知らなきゃって痛感しました」 「……でも、僕が来るところなんて、その二択で合ってるけど……」  行動範囲が広いわけでもないし、友達が多いわけでもない。最近は本当に会社と自宅、それに暁翔の家にしか行っていない気がする。 「それでも……央樹さんが自分の目の前から姿を消した時、探し出せる自信は欲しいです」  暁翔がぎゅっと、央樹の手を握る。それから暁翔が、え、と驚いた顔をして、央樹の手を持ち上げた。スーツの袖が少し落ち、手首が晒される。そこには涼成が付けた指の後が赤く残っていた。 「……これ、どうしたんですか?」 「え、ちょっと、央樹、怪我?」  ちょうど水を持って近づいてきた葵が眉を寄せる。真剣な目でこちらを見る暁翔と、心配そうにする葵に勝てなくて、央樹は口を開いた。 「さっき、涼成……元パートナーに会って……あ、でも、ちゃんと和解したっていうか……」 「その人って、央樹さんを傷つけた人ですよね? こんな痕つけられてする和解ってなんですか?」  暁翔の声のトーンが下がる。央樹は、ホントだ、と暁翔を見つめ返した。 「確かに初めは強引に引っ張られてこうなったけど、最後はちゃんと話ができた。涼成のパートナーも迎えに来てて、彼とも話をした。もう、涼成が僕に会うことはないと思う」  央樹ははっきりと言うが、暁翔はまだ怪訝そうな顔をしている。 「信じますよ?」 「もちろん、それでいい」  央樹が頷くと、暁翔は葵が置いてくれたグラスを掴み、中の水を一気に飲み干した。 「おれも、央樹さんにちゃんと話したいことがあって……もう一度、うちに来てもらえませんか?」  暁翔がまっすぐにこちらを見つめる。けれど、その話というのが、自分とのパートナー解消だったら、猪塚を選ぶという話だったら――そう考えると央樹はすぐに頷けなかった。  視線を逸らし迷っていると、央樹、と葵の声が響いた。央樹が葵を見やると、その顔は笑っていた。 「な、に……笑って……」  こちらはパートナーを失うかもしれないというのに、笑うなんてひどすぎる。央樹が不機嫌に返すと、だって、と葵が口を開いた。 「何渋ってるのかと思って。ここまで探しに来て、アイツのことを真剣に問い質して、その上で話がしたいからウチへって言われて、どうしてそんな不安そうな顔するのかと思って。ここはさっさと頷いて彼についてくところじゃない?」  普通はそうだよ、と笑う葵を見てから、暁翔に視線を移す。その顔が優しい笑みで頷いた。 「……央樹さんにとって、この話がいい話かは分からないですけど、おれは二人きりで、ちゃんと話したいんです」 「……分かった。行く」  央樹が頷いて席を立つ。暁翔がそれを見て、同じ様に立ち上がった。 「お代は次でいいよ、央樹。ちゃんと話聞いて来いよ」  言いながら葵がカウンターのグラスを片付ける。央樹はそれに、ありがとう、と言ってから暁翔の後を追うように店を出た。 「ここの場所、スクショしておいて良かったです。央樹さんもいてくれて良かった」  店を出て歩き出した暁翔がほっと息を吐く。そういえば、葵の店の場所は教えたことがない。 「スクショって?」 「前に、具合が悪いから帰るって、約束反故にされたことあったじゃないですか。でも央樹さん、家に帰ってなくて……その時の位置情報の画面です」  そう言われ央樹が、ああ、と頷く。確かにそんなこともあった。 「まだ取ってあったんだ」 「ありますよ。札幌の時のは動画でとってあります」 「……僕が市内を迷走してるやつか」 「はい、ちょこちょこ動いていて可愛らしかったので」  暁翔が頷いて笑う。位置情報が可愛いとはどういうことだと思ったが、そんなものでも暁翔を笑顔に出来たのなら央樹もやぶさかではない。 「それで、結城が楽しいなら構わないが」 「はい……すごく、幸せです」  暁翔の表情が優しくなる。その顔を見ているだけで、央樹はドキドキと心臓がうるさく鳴ってしまい、足元に視線を落とした。  そんな央樹の手を、暁翔がそっと取る。驚いて央樹が顔を上げると、相変わらず優しい笑顔がこちらを見ていた。 「とにかく帰りましょう。話はそれからです」  暁翔が通りを走っていたタクシーに向かって手を挙げる。央樹はそれを見ながら少しだけ緊張する自分を宥めるように大きく息を吸いこんだ。
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