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「央樹さん、さっきの女性は……」
「いい。なんとなく察しはついている。それは、これからの僕らに関係あることか?」
一応説明をした方がいいだろうと思っていた暁翔の言葉を央樹が遮る。確かにこれからの自分たちに関係のないことだ。暁翔はゆっくり首を振った。
「ないです。全く、ないです」
「じゃあ、話さなくていい」
央樹はそう言って小さく笑むと再びぼんやりと窓の外を見つめた。
やはり央樹は大人だ。自分の過去をこんなにも穏やかに流してくれるとは思っていなかった。けれど、少しは気にして欲しかったな、と思いながら央樹を見やると、央樹は、やっぱりキレイだな、と呟いた。
景色が気に入ってくれたのかもしれない、と思い、暁翔は少しほっとして微笑む。
「央樹さん、もうすぐメイン来ますよ。たくさん食べましょうね」
暁翔が言うと央樹は穏やかな笑みを浮かべ、そんなには食べられないよ、と答えた。
それから食事を続け、紹興酒も央樹の口に合ったらしく、いつもよりも飲んでから、帰路についた。
食事が終わった頃から、央樹の様子がおかしいとは思っていたのだが、会話には反応するし、タクシーの中でも暁翔が央樹の手を握ってもちゃんと握り返してくれていたので、央樹の機嫌がどこで悪くなったのか、暁翔には全く分からなかった。
そして現在、キッチンで紅茶を淹れながら、不機嫌な央樹の横顔を見て暁翔はため息を吐いた。
鈴菜が原因なのはわかる。これはもう、全面的に自分が悪い。誰だって過去の相手と会うのは嫌だ。暁翔だって、央樹と関係した相手全員が嫌いだ。でも、鈴菜と会った時は全く動じていなかったはずだ。きっと、その後のフォローが良くなかったのだろう。
「央樹さん、お茶淹れたので飲みませんか?」
央樹の目の前のリビングテーブルにカップを置き、暁翔が央樹の隣へと腰を下ろす。すると央樹は少しだけ横にずれ、暁翔との距離を開けた。
拗ねている央樹は可愛くて、こんな行動も愛しいのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「……彼女のこと、気になりますか?」
暁翔が言うと、央樹の体がびくりと跳ねる。それからふるふると首を横に振った。
「あんな女は、気にしてない」
その言葉遣いに、暁翔が驚く。央樹の言葉はぶっきらぼうなことが多いが、決して雑ではない。初対面の女性に対して『あんな女』と言う事はこれまでなかった。
「じゃあ、何が気になりますか?」
「……暁翔」
「……おれ?」
暁翔が聞き返すと、央樹は突然こちらに鋭い視線を向けた。
「あの女に何してた? どんなコマンド使った? どんなプレイしてた? ……僕とは違うんだろ……?」
言いながら央樹はその目から雫を零した。それがぱたぱたと暁翔の膝を濡らしていく。
「たしかに、僕は、あの女みたいにキレイじゃないし、男だし、きついコマンドは怖くて聞けないし、暁翔の理想ではないかもしれないけど……でも、僕にもあの女にしたことと同じことをしてほしい……」
きっと、君にしたようなことはしていないと、暁翔が鈴菜に言ったからだろう。暁翔としては、鈴菜よりもずっとお互いが満足できるプレイをしていると言いたかったのだが、可愛いこの人は違う意味に捉え、嫉妬してくれたらしい。
「……ホント、可愛すぎておかしくなりそう」
暁翔はぽつりと呟くと、目の前で泣いている央樹を強く抱きしめた。
「おれは、央樹さんが思うよりずっと欲張りです。央樹さんが許すなら、おれがしたいこと、全部しますよ――いい? 央樹」
央樹の体を抱きしめたまま、暁翔が耳元で囁く。けれど反応がなくて、暁翔は少しだけ央樹の体を離した。そこには目を閉じて小さな寝息を立てている央樹がいた。
「……何そのオチ……」
紹興酒は初めて、と言っていた割にたくさん飲んだのでいつもとは違う酔い方をしたのだろう。嫉妬する可愛い央樹を見れたから、今日はこれで許そう、と思い暁翔は大きくため息を吐いて、央樹の体を抱え上げた。そのままベッドへと運ぶ。
「……明日はおれのコマンド、全部聞いてくださいよ、央樹さん」
暁翔は、起きた時が少し楽しみだなと思いながら、穏やかに眠る央樹に優しいキスをして、微笑んだ。
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