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 物心ついた時には弟の立珂が大好きだった。  一番古い記憶は俺の指をしゃぶってる寝顔。  一番多い記憶は俺を呼ぶ向日葵のような笑顔。  赤ん坊のころ、立珂は俺がいないと火がついたように泣き出した。  だから俺はいつも立珂を抱っこしてやって、そうすると立珂は柔らかい真ん丸のほっぺたをすり寄せてくれる。 「りっかはおれのたからものだ!」 「んにゃぁ!」  立珂が笑っていることが何よりも大切で、それが俺の幸せだ。  この愛くるしい笑顔を守ってやるんだと、ずっとそう思って生きて来た。  それなのに。 「……立珂?」  俺の腕の中で立珂の小さな体は切り裂かれ、公佗児に獣化した俺の足の爪が立珂の血で濡れている。  立珂の白く美しい羽はじっとりと血に濡れて、くたりとしたまま動かない。  俺は立珂を殺した。 「わあああああああああ!!」 「んにゃっ!?」  夢から現実に戻ると、どくどくと心臓が跳ねていた。全身から汗が吹き出し、手足は無意識にがくがくと震えている。  腕の中を見ると寝ぼけ眼の立珂が俺の指をしゃぶっていた。これは赤ん坊のころからの癖で、最近は大好物の腸詰と間違えてもぐもぐする。  きっと今も楽しい食事の夢を見ていたのだろう。咀嚼していた頬に手を添えると立珂は温かい。 「り、立珂……」 「また怖い夢見たの? 僕は大丈夫だよ。ほら」  立珂は俺を強く抱きしめてくれた。その温かさと力強さに安堵し、俺は立珂を抱き返した。 「朝になったらご飯作ろうねえ。僕辛い腸詰食べたいな」 「……大好きだもんな」 「うん! 薄珂と食べるご飯は何でも美味しいけど、腸詰は特に美味しい!」  俺達は蛍宮に二人だけの家を借りて暮らしてる。平和で安全で、立珂の大好きな服もたくさんあって腸詰は毎日でも食べらる。  里で出会った天藍や慶都一家、孔雀先生。蛍宮で出会った護栄様に響玄先生、そして立珂を愛してくれる侍女のみんな。  他にも大勢の大好きな人達に囲まれてとても幸せで立珂はいつも笑顔だ。俺もその笑顔に幸せを貰っている。  幸せだ。幸せなんだ。 「まだ暗いからもうちょっと寝ようよ。それとも星見しようか。きっと今ならお花畑一人占めだよ。あ、二人占めだ!」 「……寝よう。一緒に寝よう」 「うん! 薄珂とぎゅってして寝るの大好き!」 「俺もだ」  立珂は俺の宝物だ。今も昔も、立珂より大切なものなんてない。  なのに俺は立珂を殺しかけた。 (俺が公佗児でさえなかったら……)  伝説に語られるほど恐ろしい公佗児の力。  俺はまだそれを制御できずにいる。
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