狐の落とし子

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狐の落とし子

 祝日の夕方はバスの本数が少ないということを、男は停留所の時刻表を見るまで思い出さなかった。  街から大きく外れた田舎の道はほとんど閑散としていて、遠い横に立ち並んだ木々から、羽を休める鳥のさえずる声が聞こえている。  重たい足取りで歩を進める男の呼吸はため息まじりで、夏も終盤の九月下旬だというのに、日中の高い気温はいまだに額に汗を滲ませる。  靴底とアスファルトとの妙な結合に違和感を感じて足裏を見ると、誰かしらが吐き捨てたチューイングガムが、親指の母指球の範囲を平たく塗りつぶしていた。男の舌打ちとため息が空間に落ちる。  通信関係の訪問営業を仕事とする彼は、今の会社にも何とか熱意で滑り込んだほど仕事が得意ではなかった。  人柄は良いほうなのだが、細かい気配りが苦手でがさつな面が目立ち、順調に運んでいた案件も些細な手違いを積み重ねて、あえなく取りこぼすといったことも少なくなかった。  特に今のご時世はそもそも、訪問営業というものはそのほとんどが門前払いをくらうというのに、うまく行きかけた案件が自分のミスによって失注するというのはかなり精神的にも堪える。  なかなか業績をあげられない彼は、このままだと委託を受けている親会社から案件を降ろされることになるぞ、と自分の所属する会社から面談で告げられた。今はその憂鬱な帰り道だった。
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