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「なんで知輝が謝るの?私は早目に来て、
一人でボンヤリする時間が好きなの。
それに、せっかちだから」
そう云って、瑠璃香は笑った。
「さてと、今日はどこに行こうか」
その時、俺たちの前を犬の散歩に来た青年が、ゆっくりと歩いていた。
まだ仔犬のフレンチブルドックは、瑠璃香が気に入ったのか、必死に近づこうとしては、飼い主によって阻止されている。
可愛い。
青年はシルバーの縁のメガネをかけている。
俺は瑠璃香を見た。
彼女は下を向いていた。
ジッと、地面を見つめている。
「瑠璃香、もう行っちゃたから平気だよ」
瑠璃香は、頷くと顔を上げた。
「やっぱり、まだ……怖い?」
「……少し」
「そうだよな。あんな事があったら、誰でもそうだと思う」
「知輝、本当はメガネなのに、私のせいでコンタクトにしたでしょう?申し訳なくて」
「そんなことで、申し訳がらないでくれよ。
俺は全然、構わないんだから」
「でも、もう2ヶ月以上経ったわ。私もいつまでもこのままじゃいけないと分かってる」
「焦ることないって。カウンセラーや、医師と相談しながら、ゆっくりでいいから」
瑠璃香は黙っていた。
☘️🌿☘️
2ヶ月くらい前に、瑠璃香は交通事故に合ってしまったのだ。
いや、あれは事故ではなく、犯罪だ。
瑠璃香はルールを守って自転車に乗っていた。
そこに急スピードの車が後ろから瑠璃香に体当たりしてきた。
彼女は路に投げ飛ばされた。
突っ込んできたのは、30代の男だった。
痛さで、うずくまっている瑠璃香に、車から降りて男が近づいてきた。
そして、こう云ったのだ。
「なんだ、生きてら。つまんねーの」
瑠璃香は男の顔を見た。
男の見開かれた目は、メガネの奥で笑っていたのだ。
瑠璃香は恐怖で全身が震え出した。
近くで全部を目撃していた人が居て、その場で警察に電話をした。
数分後にパトカーと救急車が到着して、瑠璃香にぶつけて来た男は、笑いながらパトカーに乗った。
救急車で病院に行った瑠璃香は、検査の結果、腰の辺りの脊髄に損傷があり、そのせいで杖をついて歩くことになったのだ。
杖があれば、歩行はできる。
ただ、長時間歩くのは無理になった。
瑠璃香は、この時の、メガネの奥にあった男の見開かれた目が忘れられない。
それ以来、メガネの男性を見かけると、心臓はドキドキして、汗が流れるようになってしまった。
俺は、この日以来、メガネをかけるのをやめた。
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