懐かない猫

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高層マンションとまではいかないが、高さは、それなりにある。 ハッキリ云って、俺は極度の高所恐怖症だ。 高層マンションなど住めるわけはない。 エレベーターに乗り八階で降りる。 暗証番号を入れ、ドアを開ける。 このシステムは最新式らしい。よくは知らないが。 俺のあとを着いてきた彼女は、半分寝ながら歩いている。 「ほら、着いたぞ。立ったまま寝るな」 玄関に入る。 すると彼女は靴のまま上がろうとしていた! 「まてまてまて!靴、クツ、履きっ放しで入らないでくれ、一応新築なんだから」 ボーっとしたまま靴を脱いだ彼女だったが、部屋に入るなり、 「ひろ〜い!ピカピカだ!」と、ハイテンションになった。         そのままリビングまで走り、カーテンを開けた。 「夜景もキレイだね、オヤジの家」 「だからオヤジでは……!!」 「ちょっと見せてみ」 俺は彼女の着ている薄手のトレーナーの袖をまくった。 「何するのよ、勝手にワタシに触らないで」 「これは火傷だよな」 「だったら何なの?火傷ぐらいすることもあるよ」 「普通の火傷じゃない、これはタバコだ。額のアザといい、お前、おかしいぞ」 「別に、おかしくないけど?」 「こんな夜中に独りで路地裏に座り込んでたのも変だし、何かあるのか?」 「なにもない!もう寝る」 「話せないわけでもあるの?」 彼女はソファーに黙って座っている。 「そう言えば、名前を訊いてなかったな」 「ネコ」 「ネコ?それは名前じゃないだろう。あだ名ではなくて本名はなんていうんだ」 「だからネコだってば。パパたちはワタシをそう呼ぶ。まるで懐かないネコみたいだって」 「……俺はパパじゃない」         彼女は驚いたような顔で、俺を見た。 「男が皆んなパパだと思ってるのか?だったら、それは大間違いだ。キミをちゃんとした一人の人間として見ている男達がほとんどだ。俺もな」 「……美帆」 彼女は呟くように云った。 「美帆さんか、可愛い名前じゃないか」 「何か飲み物でも持ってくるけど、美帆さんは何がいい?」 「冷えてる水がいいな」 「分かった、ミネラルウォーターが冷えてる。ちょっと待ってて」 俺も同じ物を冷蔵庫から出して、一本を彼女に渡した。 彼女は、すぐさまキャップを開けて、ゴクゴクと飲んだ。 よほど喉が渇いていたのだろう。 「落ち着いた?」 彼女は、うなずいた。 「話して欲しい。美帆さんは何かに苦しんでるように見えるんだよ。もしかしたら俺にも何か出来ることがあるかもしれない」 ペットボトルを両手で持ち、彼女は考えているようだった。 しばらくして、覚悟を決めたのか、彼女は話しを始めた。 「お母さん……アザも火傷も」 「美帆さんの、お母さんがやったのか?」 彼女は、うつむいた。 「そんな……自分の娘になんてことを」 「お父さんは知ってるの?このことを」 「お父さんはいない。何年か前に出て行ったきりだから」 「じゃあ、美帆さんは、お母さんと二人で暮らしてるんだね?」 「そうだけど、お母さんが、しょっちゅう男の人を連れて来る。いつも違う人。直ぐに振られて、それでワタシを叩いたり、タバコの火を手に押し付ける」 俺は彼女に、何て云ってあげれば……。 「お父さんが家を出て行ってから、お母さんは変わった。朝からお酒を飲んでばかりいる。夜になると外出して、男と帰って来る」 「……」 「ワタシは家にいたくなくて、だから……」 「だから美帆さんは、真夜中なのに、あんなところに居たのか」 「誰にも居場所を知られたくなかった。 隠れたかった」 そう云って彼女は泣いた。 俺は、彼女の好きなだけ、泣かせてあげたかった。 俺に出来ることは、それくらいしかなかった。悔しいが……。 一時間が経過する頃、彼女は泣きやんだ 「お父さんはいない。何年か前に出て行ったきりだから」 「じゃあ、美帆さんは、お母さんと二人で暮らしてるんだね?」 「そうだけど、お母さんが、しょっちゅう男の人を連れて来る。いつも違う人。直ぐに振られて、それでワタシを叩いたり、タバコの火を手に押し付ける」         俺は彼女に、何て云ってあげれば……。 「お父さんが家を出て行ってから、お母さんは変わった。朝からお酒を飲んでばかりいる。夜になると外出して、男と帰って来る」 「……」 「ワタシは家にいたくなくて、だから……」 「だから美帆さんは、真夜中なのに、あんなところに居たのか」 「誰にも居場所を知られたくなかった。 隠れたかった」 そう云って彼女は泣いた。 俺は、彼女の好きなだけ、泣かせてあげたかった。 俺に出来ることは、それくらいしかなかった。悔しいが……。 一時間が経過する頃、彼女は泣きやんだ。
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